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生命と食 (岩波ブックレット)

出版社 岩波書店
著者 福岡 伸一
出版日 2008-08
書評
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Amazonレビュー
個人的にのみ生命は語りうる
 ゆくりなく、思いつくまま語ることをお許し戴きたい。

 ルドルフ=シェーンハイマーの「動的平衡論」を核として、既存の科学知識をもとに著者なりの立場から、前著『生物と無生物のあいだ』で省略された部分、とくに「生命」にとって「食」のもつ意味が、本書ではさらに吟味・敷衍される。そもそも、「食物」とは従来、「生体のエネルギー源」としてとらえられることが多かったが、「動的平衡論」の立場からすると、それは単に「エネルギー源」であるのみならず、「生体の構成要素」また「流れを形造る物質」としての意味をもち、かつその振る舞いは、生命現象そのものの本質をなすことになる。

 クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)を俎上に乗せ、人間にとっての「食のあり方」、自然の一部としての「人間のあり方」について、著者なりの審美感に基づいた「動的平衡モデル」が語られる。ここでの「動的平衡」は単一の生物個体だけに関するものではもはやなく、地球環境および食物連鎖をも視野に入れた「‘動物・植物・鉱物等の間を生々流転する’人間をふくむ自然というダイナミズム」に関する言及と言ってもよいかもしれない。


 本書および前著を通じて生物の世界を俯瞰すると、地球上のあらゆる動物や魚類、昆虫、さらには植物や細菌でさえ、この地球以外のどこにも住むことが不可能であることを別の言葉で言い替えているようにもみえてくる。一見、なんの意味もないような、たとえば南海の目立たない海草が、同じ地球上の遠く離れた島に住む哺乳類にとって意味がないとはけっして言えず、むしろ、たった一つの生物種でさえ、それがいなくなることで生存をおびやかされる別の生物種が多数存在することが推測される。それが、生物個体内の分子の振る舞いのレベルから言えることになる。そしてもはや、われわれは、今後もずっと、地球上の様々な生物種とともにこの地球で生きていくことしかできないような気もしてくる。

 「動的平衡状態にある流れ」を本質とする生物体として、自己をみようとした時、われわれは、どのようにして己というものを理解し、また自己の人間としての尊厳を守ることができるのだろうか?さしあたりは、生物種として、現象として、また意識という形而上学的部分をも有する存在として。これは嗜好をふくむ微妙なテーマであり、生命の意味を探る試みであるとともに、各人の審美感をめぐる明確な好みの問題をも内包している。そしてたしかに、本書中の記載は、講演それ自体としては真摯に行われたものではあろうが、見方によっては個人的な審美感の押し売りになってしまう危険性を孕んでもいる。私は著者の、時にある種のイデオロギーを連想させる言説に必ずしも与するものではないが、しかし、本書はそもそも論文でも教科書でもなく、生命につき回顧的、個人史的に考察が試みられた一般書籍『生物と無生物のあいだ』の補遺としての、『食』をめぐる著者の考察および提言である。独創的な考えを述べるに当たっては、個人的なスタイルをとることは不可避であったろう。それに、およそ人は、極めて私的に語る方法でしか、「生命なるもの」の本質に迫ることはできないのではなかろうか?


 人間による生命や人間、また食生活をふくむ生活文化のとらえ方には、その時代の科学技術と知識のレベルにより、各時代ごとに異なったあり方が許されるものと私は思う。そうではあるが、その時代の科学と文化を背景として、人間が人間らしくあり続け、かつ人間の尊厳が守られ続けるために、人間自身が、その時代の科学技術・知識の意義とその文化に於ける位置づけを明瞭に認識し、咀嚼した上で、その時点で十分に理解していなければならないことがある。その中で、もっとも中枢を占めるテーマが、ほかならぬ「生命とは何か」という問いであることは、本書の述べるところでもある。私見によれば、この著者の持論は、現代最高の生命概念の理解に迫っていることは疑いえない。そして、それらをも参考にしつつ、できれば私たち自身も、自分にとってふさわしい「自己の生命観」「食生活の倫理」を探求すること、探求し続けることが望ましく、それが食物連鎖をも踏まえた生命環境の調和と保持、ひいては文化に於けるそれに役立つのではないか、と述べることは凡庸にすぎるであろうか。

 私はその方面の専門家ではなく、おそらくこれは著者もご存知にちがいないが、「エントロピー S」は断熱系が仮定されないと、現象変化の方向を予測できないことが、たしか言われているから、恒温動物の生体内変化を評価する物理量としては、「ギブスの自由エネルギー G」およびその「mol数nによる偏微分 μ≡∂G/∂n」(1mol 当りのG)である「化学ポテンシャル μ」が、変温動物に対しては、「ヘルムホルツの自由エネルギー F」が、より適した指標であるだろう。しかし、著者の言いたいことは、たいへんよくわかる気がする。
講演をおこしたものです
 やや感情的な内容で、気になります。学者がその肩書き付きで発言する際には、専門外のことに口出しすることは、もう少し慎重に行うべきではないでしょうか。
 たとえば著者は食品添加物を否定していますが、食品添加物の使用によって食品の安全性が飛躍的に増大したことについてまるっきり評価しないのは、フェアな態度ではないでしょう。今でも発展途上国に行くと、安心して生水を飲んだり生ものを食べたりはできません。著者の否定する食品添加物や、コールドチェーンが存在していないからです。
 なにもかも昔が良いというのは、科学者のとる態度ではありません。文明の良いところも、良い部分は良いと認めるべきです。
 帯に書かれた最相葉月の推薦文も、的はずれで感情的。なんだかあちこちで誤解を生みそうです。

 考え方はともあれ、これは講演録を起こして加筆した本なので、著者の以前の本を読まれた方が読んでも目新しい発見はないでしょう。
 この本は、前作が売れすぎたせいで、急に増えたオファーをこなすために書かれた、やっつけ仕事と見て間違いありません。

 福岡伸一の本を読んだことのない方なら、『プリオン説はほんとうか?―タンパク質病原体説をめぐるミステリー (講談社ブルーバックス)』をまず読むと良いでしょう。良書です。
 しかし、学者としての彼の説は、専門家の間では、賛否半々であることも頭に入れておいてください。
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