本書はキリスト教信者であり法学者であるヒルティが、幸福の源泉とは何か、そして日々自分を律してゆくためにどのような心構えを持てばよいかについて説いたものである。ヒルティはまず、人間の幸福は暇や休息にではなく仕事の中にこそあると断言する。そして幸福とは、仕事の種類には関係なく、特定の人に対する責任感や愛情からなされ、創造と成功をもたらすような不断の仕事の中にこそあると説く。さらに、ヒルティは仕事を極めてゆく上でくじけたり怠慢になりがちな読者を導く様々な助言を続けてゆく。大きな仕事をこなしてゆく技術、習慣の活用の仕方を始めとして、落ち着いて前向きに作業に取り組むのに役立つストア学派のエピクテートスの格言集の紹介など、本書は主に精神労働を行う人々をはじめとして、心の平静を取り戻したい人々に対する助言に満ちている。
あえて難点を挙げれば、議論が少し抽象的であり、そして文章が少々難解である。そして心の幸福感を重視するためか精神論に傾いており、最近の自己啓発書などと比較すると、方法論としては具体性に欠ける面もある。また、他者とのかかわり方に対する助言も十分とはいえない。それらを求める読者にとっては、物足りない部分もあるかもしれない。
それでもなお、本書にはいたるところに何度となく読み返したくなる提言がちりばめられている。これらの提言は今でも色あせず、年を経るほど深く私の心に響いてくる。
その意味で、本書は自己啓発の分野で最も人に勧めたい本のひとつである。
本書にある多くの名文から、あえて一つだけ、私の好きな一節を紹介します。
「世にはわれわれの力の及ぶものと、及ばないものとがある。われわれの力の及ぶものは、判断、努力、欲望、嫌悪など、ひと言でいえば、われわれの所産の一切である。われわれの力の及ばないものは、われわれの肉体、財産、名誉、官職など、われわれの所為でない一切のものである。われわれの力の及ぶものは、その性質上、自由であり、禁止されることもなく、妨害されることもない。が、われわれの力の及ばないものは、無力で、隷属的で、妨害されやすく、他人の力の中にあるものである。」
「それゆえ、きみが本来隷属的なものを自由なものと思い、他人のものを自分のものと見るならば、きみは障害に会い、悲哀と不安におちいり、ついには神を恨み、人をかこつことになるであろうことを忘れるな。これに反して、きみが真に自分の所有するものを自分のものと思い、他人のものを他人のものと認めるならば、だれもきみを強制したり、妨害したりはしないであろう。きみはだれをも恨まず、非難せず、またどんな些細なことも自分の意志に反してなす必要はないであろう。だれもきみを害せず、きみは一人の敵をも持たないだろう。そして、きみの不利となることは一切、起きないだろう。」