書評
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アフリカ問題の最良の入門書
アフリカ史というと思いうかべるのは、原始人と19世紀の植民地分割で、中世も近世も現代も未来もナイというのが多くの日本人の知識ではないでしょうか。 この本はその歴史の空白をアラブの資料や伝承の裏付け、言語学、考古学などの伝統的な歴史学の手法以外の手段で丹念に埋めて、豊かな文明があったことを裏付けています。それのみならず独立後の現代史部分にも光を当てており、表題にある歴史書という範疇をこえて、歴史に裏付けされたアフリカ問題入門といった内容になっています。また、多くの分担出筆者が分担して書かれていますが、全編をとおおして一体感があるのも見事で、読み手に違和感を感じさせません。アフリカに関心があるかた、地球規模の諸問題を考えたい方、必読の入門書です。世界の人口の1割が住みながら、世界の医者の3%しかいず、エイズ死亡の8割を生み出している大陸とそこに住む人々を思いながらこの本を読了しました。
アフリカ学への野心的な第一歩
新書という形式としてはとても分厚い。それは筆者たちのこれまでにないアフリカ歴史学を構築しようという意欲の表れであろう。
人類の起源から現代のアフリカ諸国の国民国家としての独立や現状までをカバーする。
本書がまず問題提起するのは、日本人のアフリカへの一面的なイメージや、その背景となる現在の歴史学の史料の制約や、西欧中心のバイアスである。これらを克服して、アフリカを自立した歴史世界としてとらえ、啓蒙的にそれを解き明かそうとしている。
これらを克服するため、考古学や民族学、神話学などとの近隣諸科学とコラボレーションを展開し、五大河川の地域を設定するなどの大胆な試みを行っている。
客観的に見て、学術的にそれらが成功したものであるかというと、今後の研究に待たれるというしかないが、その偉大な研究のエポックメイキングとなる第一歩が本書であることは間違いない。
「アフリカ」は歴史学の対象になりえるのか
旧来の歴史学は文献資料を主材料とするため、文字文化を持たないアフリカの諸文化を扱う事ができるのか。また、旧石器時代同様の生活を送る人々にとって進歩を前提とした歴史は意味を持つのか。
アフリカを歴史の対象とする事は旧来の「歴史」という言葉の持つ意味自体を考える営みでもある。
勿論、西洋やイスラムといった外部の記録は存在するし、その影響を受けたアフリカの人々の記録も存在する。考古学資料の存在も確かにある。だが、それらの資料を用いる事はあくまでも外部からのアプローチであり、アフリカの自律的な歴史を記述する事にはならない。
この書ではアフリカの自律的な歴史を記述しようと試みた書である。
600ページ近くある新書としては大部な書である。
半分近くがアフリカの外部世界(とくに近代ヨーロッパ)の出会いに割かれているのは現代的な課題から考えると当然とも言えよう。
アフリカには自律的な歴史世界があった。そして現代のアフリカの停滞はアフリカの人々による自律的な文化の形成が妨げられた事によって引き起こされたものである。歴史もこれまでは外部からの視点でしか語られえなかった事がそれを象徴している。そして歴史も産業も自分たちの手に取り戻す動きが少しずつ進んでいる。
外部に翻弄されるアフリカでなく、アフリカ独自の近代を獲得してこそ未来のアフリカに繋がっていくのではなかろうか。
また歴史学の手法として文献資料・考古学資料以外に口伝などの文化人類学的な資料も用いる事は今後より活きた歴史を記述する上で必要となってくる手法である。アフリカで試みられた方法が他世界の歴史の記述にも大いに資するところがあるであろう。
政治の本かも。
「どうしてこうなったんだろう,どうなってるんだろう → そうかぁ,こうなってたんだ!」
という,好奇心を拠り所として進む書き方の本ではなく,
「私はこうあるべきだと思う。こういう理由でだ。」
というような,筆者達の主張を軸とした本だと思います。「あなたの考えはどうか?」と常に問われているような緊張感を感じながら読み終えました。
国際社会でのアフリカの立場やそこに至る経緯に鑑み,我々はこれからどう行動すべきなのか,それを考えるのが本書の眼目です。歴史というより政治の本というべきでしょう。
それだけに現在アフリカで起きている諸問題を扱っていないのが不満です。歴史の本と銘打ったために遠慮したのでしょうか?
アフリカ史の政治性
もちろんアフリカ史の専門家ではないので、この本の情報がどの程度スタンダードなものであって、質量的にバランスが取れているか、といった評価はできません。新書判というサイズで紙数も限られていますし、分担執筆ですから、そのあたりは最初から割り引いて読む必要があるでしょう。そもそもこの地域の歴史自体が、文献的研究では植民地時代に西欧から見られた記述にしかほとんど頼りようがなく、オーラル・ヒストリーや考古学的研究などの比重が高くなるため、実証学的歴史学の成立に最初から困難があるのも事実です。
この本での収穫は、もちろん普段あまり知るところのないアフリカ大陸全体の歴史についてパースペクティヴを得られたことですが、読む前には意識しなかったあることに気付いたことでした。それは、専攻としてアフリカ史を選ぶということは、すでに一つのポリティカルな立場表明と同義なのだ、ということです。保守的歴史観に立つひとは、そもそも無文字社会に歴史は成立しない、と断言するひともいるわけですから。
ウォーラーステインが最初アフリカ史の研究者として出発したことに今さらながら気付いたことが一番の収穫だったのかもしれません。