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マネジメント革命 「燃える集団」を実現する「長老型」のススメ

マネジメント革命 「燃える集団」を実現する「長老型」のススメ

出版社 講談社
著者 天外 伺朗
発売日 2006-10-06

この本に関する書評

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Amazonレビュー

「新しい時代は、社会全体の目的も、企業の目的も、ひとりひとりの意識の成長、進化になる。
つまり、企業という器が、そのための教育の場になるのだ。」と本文中にある。
ただ、単に企業の成長を求める時代は終わり、より個人の精神的、人格的向上が社会生活の中
で求められていく時代圏に我々は生きているといえる。資本主義の矛盾、限界が見えてきた今
日、新しいスタイルのリーダーシップが必要となるでしょう。今までなんとなくやってきた日
本的経営の良さがこの本を読むことによってより明確になる。
長老型マネジメント、是非日本から世界へ発展させていきたいですね。


成果主義が導入される以前には、

できるサラリーマンが自然に身につけていた

テクニックである「やり過ごし」を

このように命名し、指摘した点がすごいと思います。

上司の命令の全てを真に受けず、

自分の判断のもとに「やり過ごす」

そして、上司も自分の出した建前的な指示が

やり過ごされていることを黙認する・・・

こういった暗黙の了解が日本の企業の

好調を支えていた!!

成果主義の導入によって、こういう貴重な

テクニックも使いにくくなっていたとのこと。

また、上司には内緒でプロジェクトを進行させたり

研究、物づくりをしてしまう風土がソニーの発展を

支えていたが、官僚化が進むと、そういうことも

できなくなってくる。

成果主義導入や官僚化によって破壊されてしまった

これらのテクニックや風土を復活させるために

必要なのが、長老型マネジメント。



 ソニー成長の秘訣を分析し、井深初代社長のマネジメントがどれだけ素晴らしい方式だったかを解説しています。
 多くの部下を指揮して研究開発を進めるマネジャーでもあった著者は、アメリカ生まれの「成果主義」も積極的に導入しました。社員の活性化を期待していたのですが、結果はまったく正反対になりました。
 会社の活力は下がる、収益は悪化する。人間関係はギスギスし、会社中が無責任人間だらけになっていく。それこそ地獄の様相になり、心身に変調をきたす従業員が激増する。
 そんなとき参加したアメリカ西海岸でのシンポジウムで「フロー経営論」を知りました。
 シンポジウムでフロー経営を説明するために講演者が示したのは、なんとソニーの会社設立の目的の次の項目でした。

  真面目ナル技術者ノ技能ヲ最高度ニ発揮セシムベキ自由豁達ニシテ
  愉快ナル理想工場ノ建設

 著者が何千回となく目にしてきた井深初代社長の言葉をこんなところで目にするとは。
 著者は、あらためて井深社長の型破りのマネジメントスタイルに思いを馳せます。

 井深さんは、徹底的に部下を信頼し、受けとめ、サポートしてくれました。勢いを大切にして、部下が全力疾走できるようにしてくれました。安心して井深さんに逆らうことができる包容力がありました。
 実際、CDの開発に反対していた井深さんは、開発成功したとき、「あのとき反対して悪かったね」と詫び、素直に喜んでくれました。

 この井深さんの経営者としてのスタイルは、ちょうどアメリカ原住民(インディアン)の長老が一族の精神的支柱となっているスタイルと似ているのではないか、と著者は気づき、「長老型マネジメント」と命名しました。
 本来なら言葉で表現できないことを、なんとか言葉で伝えてみよう、と本書で挑戦します。

 著者の試みが成功したかどうか。本書を手にとってお確かめください。
D博士の源流がどこにあったのか、それがよくわかります。
SONYがまだヴェンチャーだったころ、技術の商品化へのこだわりが、技術陣を燃えさせた。
今、コーチングが流行?大企業でも結構採用されているらしい。
コーチング自体も、ガルウエイの頃とは変化してきているようだ。
組織やチームのマネジメントをどうもっていくのがいいのか、考えるきっかけを提供してくれる。
自己流でもなく、組織の圧し付けでもなく、うまく行くマネジメントがあり得るのか、
先人の知恵に耳を傾ける事にも意義あり。

現代の事業経営は、統制色を強めており、つまらない経営になりがち。
経営手法にも、ブレイクスルーが必要だ、というのが、天外さんの意見かもしれない。
SONYは、実験するには既に巨大すぎる組織。
ただ、個性あふれる商品をつくって、提供していこうとするDNAは生きているものと思う。
頑張れSONY。It's a SONY.
私が松下電器に入社した1975年当時は、創業者である松下幸之助が年に一度は中央研究所の仕事ぶりを見学しにきた。我々の部署はソニーに遅ればせながらも家庭用単管式TVカメラを実用化していたが、創業者はそれを手にとって「重いな」という感想を述べた。その一言が次の目標であった。この時代の松下電器は、天外伺朗氏が回顧した古き良き時代のソニーと同じような環境であった。私は主任なりたてだったが、3つの研究所に籍を置いて、全く異なる3つの仕事を同時に進めていた。どの上司からも、「2段階上の立場で考え、行動せよ」と言われていた。社外会議での決定も研究所を代表して私が決断した。所長へは事後報告で良かった。これが、結果として自分を厳しく律し鍛えることになったと思う。
天外伺朗氏が本書で展開したマネジメント理論には全く同感である。私は、常日頃、1970年代の方が会社はベンチャー精神に溢れていたと思うからだ。経営品質を導入してから、点数を上げるために意味のない仕組みを量産したため、自由な市民が管理される奴隷に変わっていった。
ただ、天外氏の解説に一言付加したい。それは、フロー理論、インナーワークで「燃える集団」の働きを説明しているが、私にはブッダ釈尊が独創した「ヴィパッサナー瞑想」で説明する方がより適切だと思うのである。例えば、オーケストラでインナーワークを説明する箇所(p.107)をブッダ釈尊の「ヴィパッサナー瞑想」で説明するならば、“判断をしないで、気づく”という瞑想に対応する訳である。世の中に様々な瞑想があるけれど、「九次第定」の最後が究極のヴィパッサナー瞑想(滅尽定)であり、これを用いてブッダになったのだから。