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戦国の世の虚しさと、抗うことさえ出来ず、大きな流れに翻弄される明智光秀という武将の生き様を描く。
忍びの小平太の生涯と絡め、はかない命の上に生る固い信念と強い絆を帯として。
誰もが知る戦国武将。
であるのに冒頭から引き込まれていく作品。
心地よいリズムを刻む文体と、まるで画を映すような表現が、奥深さを増している。
どの人物もが旨く味付けされている。
涙を誘うセリフや、心を掴まれるような場面が随所に散りばめられ、
やがてクライマックスの本能寺へ向かう。
それまでに至る背景や、移りゆく心の裡は具に読み手に伝わり、
「本当にこうだったのではないか」とすんなりと受け入れることが出来るのではないかと思う。
クライマックスはやや失速したかのようにも感じた。
淡々と進んで行った。
しかし、それが光秀の心の表れだったのかもしれない。
真保作品のほとんどに言えることだが、
終盤に差し掛かると、この本を読み終えるのが寂しくてならなかった。
悲しい話でありながら、読後に萌す清々しさに、やはり読んで良かったと感動する。
明智光秀が本能寺の変を起こし
信長を討ち取り、秀吉に討たれることは
史実として知っているので、読み進めることは辛くもあったが
フィクションならではの希望が感じられるラスト。
史実とつき合わせても、「あり得ない」ではなく
「もしかしたら本当にそうだったかもしれない」
と思わせてくれるフィクションぶりが 流石真保さんで
これが事実だったのではと半ば本気で思った。
そこには救いがあった。
歴史は勝者が語るもの。
なればこそ、史実こそが作り話かもしれない。
事実だとされていることも、人が伝えたこと。
人は多くの場合、冷静に公平に見ることが出来ず
自分の立場や利益や感性に任せて伝えることもある。
歴史小説の中には、ただのミーハー心や
作者の妄想に近い希望ばかりが盛り込まれていて
見ていて不快であったり、子孫の方の心情が心配になるものも多々あるが
この小説はそれぞれがそれぞれに魅力的に描かれており
その上で真保裕一個人の感性で立ち入りすぎもせず
『こうだった』と断定するのではなく
『こうだったかもしれない』とする筆者の弁えぶりとセンスの良さ
はたまた読者の想像をかきたてる描き方には脱帽。
これが物足りないと感じる人もいるのだろうが
私はひたすらに、好感を持った。
歴史上の人物は夢物語のヒーローではなく
実在した人物ということは、意外と見落とし勝ちな事実で
作家や歴史家先生でも平気で土足で踏みにじるようなまねをすることもある。
そういった点が全く無かった、と言って良いと思う。
個人的に興味があったかごめかごめの歌の『謎』など
さらりといろいろな説が取り込まれており
この小説に感動するだけでなく
史実を学ぶことへの興味ももたせてくれる
素晴らしい歴史小説と言えるだろう。
明智光秀とそれに仕える忍の小平太を中心に置いた戦国物語の下巻。上巻がなかなか読み進めなかったのものの,その忍の描写において今での作者の本と同様の面白さがあり,下巻が楽しみであったのであるが,多少期待はずれであった。確かに本能寺の変などにおいての歴史上の事実に関しては作者のフィクションを取り入れるのは難しいのであろうが,せっかく盛り上げてきたのだから,帯においてもあおっている信長との本能寺における作者なりの想像の世界をもっと濃密に描いてほしかった。それを楽しみに読み進めてきたのだから・・・しかし,歴史は勝者によって描かれていくの言葉の元に,作者が戦国時代を終わられた真の武将と確信する明智光秀の印象を変えられてしまった物語ではあった。
おそらく真保裕一初の歴史物だと思うが、ハードカバー上下二巻の大作を読破した。正直、最初は真保裕一が歴史物なんて書けるのかなと疑いつつ読み進めたためか、いつもとタッチが違うせいか読書スピードが遅く、うまく流れに乗れなかったが、上巻の1/3を過ぎたあたりから引き込まれ、いつもの真保小説と同様に最後まで本を手放すことができなかった。
この本、戦国時代末期から安土桃山時代の世の中を描いているのだが、歴史上は逆賊とされている明智光秀を正義、織田信長を悪として設定し、通説に疑問を呈しているところがまず面白い。織田信長が自らの権力を増やしていくとともに権力を更に増やすことに執着し、部下の武将たち、民衆への気遣いが減っていき、それに対して明智光秀が徐々に懸念を増していく様はストーリーとして自然であり、歴史とも符合するのではないか。さらに面白いのは歴史上あまり明らかでない戦場における忍者たちの活躍が大きく取り上げられているところ。明智光秀は忍者をうまく使って武功を挙げていたとのこと。題名の「覇王の番人」は、想像するに織田信長の番人であった明智光秀、織田信長の後に覇王となった明智光秀の番人であった忍者たちという二重の意味を持たせているのではないか。
この本、戦国時代末期から安土桃山時代の世の中を描いているのだが、歴史上は逆賊とされている明智光秀を正義、織田信長を悪として設定し、通説に疑問を呈しているところがまず面白い。織田信長が自らの権力を増やしていくとともに権力を更に増やすことに執着し、部下の武将たち、民衆への気遣いが減っていき、それに対して明智光秀が徐々に懸念を増していく様はストーリーとして自然であり、歴史とも符合するのではないか。さらに面白いのは歴史上あまり明らかでない戦場における忍者たちの活躍が大きく取り上げられているところ。明智光秀は忍者をうまく使って武功を挙げていたとのこと。題名の「覇王の番人」は、想像するに織田信長の番人であった明智光秀、織田信長の後に覇王となった明智光秀の番人であった忍者たちという二重の意味を持たせているのではないか。
真・明智光秀像を開拓すべく、真保氏の意欲作が本作で完結となったが、サイドストーリーとして走ってきた、陰の主人公・小平太の完結はまずまずであった。
しかしながら、メインの明智光秀にいたってはイマイチというべきであろうか?著者が苦労した様子は伺い知れるが、結果的にパッとしなかった。ラストをぼやかす部分は理解できるが、途中で投げ出すようなやり方は読んでいてツラカッタ。
しかしながら、メインの明智光秀にいたってはイマイチというべきであろうか?著者が苦労した様子は伺い知れるが、結果的にパッとしなかった。ラストをぼやかす部分は理解できるが、途中で投げ出すようなやり方は読んでいてツラカッタ。