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ガラスの麒麟 (講談社文庫)
出版社 講談社 著者 加納 朋子 発売日 2000-06-15
この本に関する書評
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Amazonレビュー
本書は、作者の第5作目にして第48回日本推理作家協会賞・短編および連作短編集部門の受賞作だが、期待との落差の大きさに大いに幻滅したものである。
まず、『ななつのこ』などと異なる陰鬱な作風が好きになれない。また、連作作品として全体を通して見たときにはアラの方が目についた。その最大のアラは、犯人像と被害者像がいい加減なことである。
まず犯人だが、麻衣子を殺した方法がナイフによる刺殺という直接的な方法である。こういう犯人は、その後も(ナイフを使うかどうかは別としても)直接的な犯行を行うのが普通だろう。にも関わらず、その後に犯人が行ったとされるものは、砂場に「わな」を仕掛けたり由利枝に陰湿な嫌がらせの手紙を送ったりなどで、犯人像に一貫性がない。
それと麻衣子は最大の謎と言っていい。いったい誰か他の人の呪縛を解き放つために身を犠牲にする者などいるのだろうか? どんなに言葉を尽くされても、まったく理解も納得もできない。
また、卒業アルバムの由利枝のページに栞をはさんでいたことも納得できない。それが本書に記されているとおり直子に対するサインならば、なぜ麻衣子はその時点で自分の次に由利枝が狙われると知っていたのか。それとも、次に由利枝を狙わせるために、わざと手紙を犯人にすり返させたとでもいうのだろうか。矛盾もいいところである。
しかし、個々の作品を見たときには気に入ったものもある。
一番好きな作品は「ダックスフントの憂鬱」で、中2の主人公の青春の苦悩と淡い恋のエピソードを交えたストーリーは微笑ましく(犯人の行為はちっとも微笑ましくないが)、暗い物語が多い中のオアシスのような作品である。
それと、推理作品としては「三月の兎」が秀逸で、謎の答えが説明されるまで気がつかないが、説明されると「あぁ、なるほど」と即座に納得できるシンプルさがいい。
まず、『ななつのこ』などと異なる陰鬱な作風が好きになれない。また、連作作品として全体を通して見たときにはアラの方が目についた。その最大のアラは、犯人像と被害者像がいい加減なことである。
まず犯人だが、麻衣子を殺した方法がナイフによる刺殺という直接的な方法である。こういう犯人は、その後も(ナイフを使うかどうかは別としても)直接的な犯行を行うのが普通だろう。にも関わらず、その後に犯人が行ったとされるものは、砂場に「わな」を仕掛けたり由利枝に陰湿な嫌がらせの手紙を送ったりなどで、犯人像に一貫性がない。
それと麻衣子は最大の謎と言っていい。いったい誰か他の人の呪縛を解き放つために身を犠牲にする者などいるのだろうか? どんなに言葉を尽くされても、まったく理解も納得もできない。
また、卒業アルバムの由利枝のページに栞をはさんでいたことも納得できない。それが本書に記されているとおり直子に対するサインならば、なぜ麻衣子はその時点で自分の次に由利枝が狙われると知っていたのか。それとも、次に由利枝を狙わせるために、わざと手紙を犯人にすり返させたとでもいうのだろうか。矛盾もいいところである。
しかし、個々の作品を見たときには気に入ったものもある。
一番好きな作品は「ダックスフントの憂鬱」で、中2の主人公の青春の苦悩と淡い恋のエピソードを交えたストーリーは微笑ましく(犯人の行為はちっとも微笑ましくないが)、暗い物語が多い中のオアシスのような作品である。
それと、推理作品としては「三月の兎」が秀逸で、謎の答えが説明されるまで気がつかないが、説明されると「あぁ、なるほど」と即座に納得できるシンプルさがいい。
美しく聡明で“小さな貴婦人”と称せられた
女子高生・安藤麻衣子が通り魔に殺された。
そんな麻衣子を不在の中心として、彼女のわずか17年間の生の軌跡と死の
真実を複数の語り手の視点から光を当て、浮き彫りにしていく連作短編集。
麻衣子には、彼女に対する実体のないイメージが重ねられたり、
逆に彼女を「見る」者の姿を照らす鏡の役割が担わされています。
そのため人々は、彼女のイメージに自分の見たいもの、あるいは
見たくないものを見てしまい、それに囚われてしまいます。
幻影の囚人となってしまった人々にそっと寄り添い、救済への道へと
導くのが、全編を通して探偵役を務める養護教諭の神野菜生子です。
麻衣子に最も近しい魂を持つ彼女は、事件の謎を解くことを通じて、関係者がその内に
宿す麻衣子的心性――不安定で繊細な〈少女性〉を掬い上げ、代弁していきます。
しかし、最終的には彼女自身も決して傍観者の立場にはとどまれず、麻衣子を
殺した犯人と対峙し、己自身の痛ましい過去との決着を迫られていくことなります。
現代を覆う、理不尽や息苦しさに窒息寸前になっても、
それでもこの世界で生きていかなけらればならない我々。
麻衣子のように、彼岸に行き〈永遠〉とはならず、不自由な足を引き受け、
一歩一歩踏みしめるように生を肯定した神野の姿に、救いがあります。
女子高生・安藤麻衣子が通り魔に殺された。
そんな麻衣子を不在の中心として、彼女のわずか17年間の生の軌跡と死の
真実を複数の語り手の視点から光を当て、浮き彫りにしていく連作短編集。
麻衣子には、彼女に対する実体のないイメージが重ねられたり、
逆に彼女を「見る」者の姿を照らす鏡の役割が担わされています。
そのため人々は、彼女のイメージに自分の見たいもの、あるいは
見たくないものを見てしまい、それに囚われてしまいます。
幻影の囚人となってしまった人々にそっと寄り添い、救済への道へと
導くのが、全編を通して探偵役を務める養護教諭の神野菜生子です。
麻衣子に最も近しい魂を持つ彼女は、事件の謎を解くことを通じて、関係者がその内に
宿す麻衣子的心性――不安定で繊細な〈少女性〉を掬い上げ、代弁していきます。
しかし、最終的には彼女自身も決して傍観者の立場にはとどまれず、麻衣子を
殺した犯人と対峙し、己自身の痛ましい過去との決着を迫られていくことなります。
現代を覆う、理不尽や息苦しさに窒息寸前になっても、
それでもこの世界で生きていかなけらればならない我々。
麻衣子のように、彼岸に行き〈永遠〉とはならず、不自由な足を引き受け、
一歩一歩踏みしめるように生を肯定した神野の姿に、救いがあります。
冒頭で、女子高生が刺し殺される、というショッキングな事件から始まります。加納朋子さんの作品は、どちらかというと「日常の謎」をテーマにしたあったかいミステリが多いので、殺人事件から始まるとなると、この先どういう展開のなのかと先が気になって気になって、仕方ありませんでした。
殺されたのは、安藤麻衣子・17歳。彼女を取り巻く人々によって綴られる短編集。一つ一つが独立しているようで、少しずつつながっている。最終章の『お終いのネメゲトサウルス』は書き下ろしのようですが、ここまで読んでようやく物語が終わるので、連作短編集といってもいいかもしれません。
少年犯罪が起きるとよく「心の闇」なんて言葉が使われますが、心に闇のない人間なんているんでしょうか。10代の頃っていうのは、例えばスポーツが得意でオリンピックに出たいとか特別に何かに打ち込んでいない限り、自分がなにをやりたいのか、どこを目指して生きているのか、または自分は何のために生きているのか、なんて、漠然とした不安や悩みを誰もが抱えてるんじゃないでしょうか。一度は10代だった私も、ここに出て来る安藤麻衣子や野間直子たちのように、どこか不安定な部分というのは持っていたんだと思います。死にたいとは思っていなかったけど長生きしたいとも思っていなかったから。「生きる」っていうことがどういうことなのか、高校生にはよくわかりませんよね。それが当たり前だと思います。親の庇護を受けて生活をしているが、「子ども」かというとそうでもない、一番中途半端な時期なんでしょう。表には出てないかもしれないし、自分でもそれほど自覚はしていなくても、一歩間違えると転がり落ちてしまうような不安定さを持った年頃なんだと思います。
作品の中で、麻衣子の通っていた高校の養護教諭・神野先生が安楽椅子探偵役になっています。恋人と一緒に事故に遭い、怪我は完治したはずなのにまだ不自由なままの右足。恋人がなくなったというショックによってそうなったんだと自分でもわかっていながらどうしようもない、と寂しく笑う神野先生が、何とも痛々しい。保健室に入れ替わり立ち替わりくる女の子たちに自分を重ねあわせてしまう、芯が強いんだけれど傷つきやすくもある女性です。各章の謎の解き方はちょっと突飛すぎる?と思う部分もなきにしもあらずですが、ミステリとしても十分楽しめるないようになっています。
ラストは大学に合格したとか、結婚が決まったとか、登場人物たちの未来への希望が垣間見える。この波に乗って、神野先生の足も治り、直子のお父さんといい雰囲気に・・・となるといいんだけどなあ、と期待を持たせてくれる終わり方でした。推理だけではなく青春小説の要素もあり、何度も読みたくなるすばらしい作品です。
殺されたのは、安藤麻衣子・17歳。彼女を取り巻く人々によって綴られる短編集。一つ一つが独立しているようで、少しずつつながっている。最終章の『お終いのネメゲトサウルス』は書き下ろしのようですが、ここまで読んでようやく物語が終わるので、連作短編集といってもいいかもしれません。
少年犯罪が起きるとよく「心の闇」なんて言葉が使われますが、心に闇のない人間なんているんでしょうか。10代の頃っていうのは、例えばスポーツが得意でオリンピックに出たいとか特別に何かに打ち込んでいない限り、自分がなにをやりたいのか、どこを目指して生きているのか、または自分は何のために生きているのか、なんて、漠然とした不安や悩みを誰もが抱えてるんじゃないでしょうか。一度は10代だった私も、ここに出て来る安藤麻衣子や野間直子たちのように、どこか不安定な部分というのは持っていたんだと思います。死にたいとは思っていなかったけど長生きしたいとも思っていなかったから。「生きる」っていうことがどういうことなのか、高校生にはよくわかりませんよね。それが当たり前だと思います。親の庇護を受けて生活をしているが、「子ども」かというとそうでもない、一番中途半端な時期なんでしょう。表には出てないかもしれないし、自分でもそれほど自覚はしていなくても、一歩間違えると転がり落ちてしまうような不安定さを持った年頃なんだと思います。
作品の中で、麻衣子の通っていた高校の養護教諭・神野先生が安楽椅子探偵役になっています。恋人と一緒に事故に遭い、怪我は完治したはずなのにまだ不自由なままの右足。恋人がなくなったというショックによってそうなったんだと自分でもわかっていながらどうしようもない、と寂しく笑う神野先生が、何とも痛々しい。保健室に入れ替わり立ち替わりくる女の子たちに自分を重ねあわせてしまう、芯が強いんだけれど傷つきやすくもある女性です。各章の謎の解き方はちょっと突飛すぎる?と思う部分もなきにしもあらずですが、ミステリとしても十分楽しめるないようになっています。
ラストは大学に合格したとか、結婚が決まったとか、登場人物たちの未来への希望が垣間見える。この波に乗って、神野先生の足も治り、直子のお父さんといい雰囲気に・・・となるといいんだけどなあ、と期待を持たせてくれる終わり方でした。推理だけではなく青春小説の要素もあり、何度も読みたくなるすばらしい作品です。
一種のバイブルともいえるくらい愛読しています。
主人公の死から始まる物語は、悲しいほどの透明感と、危ういバランスの上で生きる少女たちのリアルな表情までも鮮明に映し出します。
悲しいはずの死が繋いでいくのは、綺麗な感情なのかも知れない。
純粋に「良い」と思える作品です。
好き嫌いはあると思いますが、面白い趣向だし、読んでみて下さい。
主人公の死から始まる物語は、悲しいほどの透明感と、危ういバランスの上で生きる少女たちのリアルな表情までも鮮明に映し出します。
悲しいはずの死が繋いでいくのは、綺麗な感情なのかも知れない。
純粋に「良い」と思える作品です。
好き嫌いはあると思いますが、面白い趣向だし、読んでみて下さい。
少女たちはつねに不安定な心を抱えて生きている。どんなに自分が恵まれた環境の中にあっても、心はいつも揺れ動いている。危うい心のバランス、それがほんの少し崩れただけでも、少女たちは深く傷ついてしまうのだ。作者は独特の感性で、さまざまな人物の心の動きを見事に描いている。そして、その描き出された悩み、苦しみ、悲しみは、読者の心と共鳴する。人はなぜ死を願う?人はなぜ生を願う?この二つにいったいどれほどの差があるのだろうか。