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文庫版 塗仏の宴 宴の支度 (講談社文庫)

文庫版 塗仏の宴 宴の支度 (講談社文庫)

出版社 講談社
著者 京極 夏彦
発売日 2003-09-12

この本に関する書評

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Amazonレビュー

出るわ、出るわ、妖怪づくしです。上下2巻に収められた今作品は京極作品の中では最長です。なのでクライマックス、中禅寺の憑き物落としにたどりつくまで相当の分量を読まなければなりません。宴の支度は、短編で区切られていて、読みやすいです。ただ、登場人物と物語、他の登場人物との相関関係は複雑で、ミステリを解こうと想像を膨らませるにはそれ相応の集中力を必要とします。私は宴の始末編の中禅寺にすべてまかせて淡々と読みました。相変わらずところどころにちりばめられた妖怪談義に関心させられます。彼らの妖怪談義によって妖怪がただの現象に解体させられるとき、逆に、そこに不思議なものを感じます。
「世の中に不思議なものは何もない」−中禅寺の言葉に誘われて、不思議な百鬼夜行の世界に足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。
とうとう2冊に分かれた京極本。覚悟はしていましたが、中を開いてみると、短編のようになっていて、思っていたより、読み進めることが出来ました。

この作品は、大変登場人物が多いです。そこで人間関係を整理する力を必要とします。

今回は今まで以上に過去の作品の登場人物が、重要な場面役割で出てきます。もう一度ウブメから読み直したくなりました。

関口君の壊れ具合は見ものです。大変心配になりました。
この宴の支度では、まだ謎かけの段階です。
忽然と消えた村と村人たち、不老不死の生き物、霊能者や宗教団体など、個々のエピソードも、いつもの京極ワールドに誘引する魅力がたっぷり。
さあさあ、一体何が始まるのやら、今回は前作までを上回るすごいことが起こっているのじゃないか、と期待させてあやかしの世界に入っていくわけですが…。
さて、宴の始末はいかに?
どうなんでしょう?
京極堂第6作。この作品は今までと趣向が異なり、まるで6つの短編集ともとれる構成をしている。つまりは独立した6つのストーリーが展開するのだが登場する人物はいずれも過去の京極堂の作品の登場人物で、ただ一人新顔なのが多々良先生だ。やはり京極作品は最初から順番に読むことが重要なようだ。そうでないと今のストーリーを理解できなくなりそうだ。

いつもと趣向が違うためか息抜きしながら読める。大海を泳ぎ切る感触が今までに比べて無いが、それはそれで楽しい。京極堂の全キャラクター総出演と言った感じの作品だ。
 長い長い宴の始まり、卓上には色とりどりの料理がずらりとならべられてい
ます。過去に京極堂で供された定評有る料理も、あたらしい美味しそうな料理
も・・・。ところが「なんで?」と思わせるような、いかにも不味そうな料理
も並んでいます。設えは完璧、でも給仕の態度がいつもとはちょっと違う。
「大丈夫なのかな?」という一抹の不安も過りますが、きっとこれは「宴の始
末」でちゃんと味わわせてくれるるのだろうという期待をもたせてくれるもの
です。兎に角読み進んでみましょう。
 
 劇中では完璧な関西弁を喋る俗悪で下卑た人物が登場しますが、「宴の始末」
を通して読んでも、彼に関西弁を喋らせる必然性が全くありません。非常にネ
ガティブな印象を受ける性格を負わされた人物が、何の必然性もなく関西弁を
喋るというのは、どういう意図を持ってそうさせたのか作者に尋ねてみたいも
のです。関西の方には不愉快に思われる方もいらっしゃるでしょう。身体的・
精神的な障害を「障碍」と表記するほど細やかな心配りをみせる筆者だけに、
非常にこの部分は意図的なものを感じてしまい、冷水を浴びせかけられたよう
な気持ちになりました。故に★ひとつ減です。