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エンジェル・エンジェル・エンジェル (新潮文庫)

エンジェル・エンジェル・エンジェル (新潮文庫)

出版社 新潮社
著者 梨木 香歩
発売日 2004-02

この本に関する書評

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Amazonレビュー

エンゼルフィシュ、ネオンテトラ、天使、おばあちゃん。
出てくるキーワードは、優しいイメージのものが多いのになぜか優しさだけではないものを感じます。

おばあちゃんの深夜のトイレ当番中に二人だけのときに顔をのぞかせるおばあちゃんの少女時代のかーこ。
かーことさわこの会話にときどきちらつく切なく、暗い陰の部分。

淡々と描く短い作品の中に深い陰影のようなものを感じます。
決してエンジェルではない人間の悪魔的な要素など、深く洞察すればするほど考えさせられるところがある作品でした。
久々に、読み終わった後、作品世界から抜け出すことができない感覚を味わった。
ずんと深い所に突き落とされるような感覚。
「神さまは悪魔をどう思っていらっしゃるのだろう。
 神さまが作り出した楽園を乱す悪魔を。」
神様は悪魔を赦されるのか、それともはなから赦しているのか。
このテーマを中心に据え、ヒロインとヒロインの祖母の密やかな交流と
ヒロインの祖母の若いころの思い出が時に重なり合い、時にリンクしながら描かれる。

作品世界から未だに抜け出せないでいるのに、自分の思いを言葉ですくい取ることが
できないもどかしさを味わい続けている。私が何に対して、ずんとした思いを
抱いているのか。なぜ、こんなにも物悲しい気持を引きずっているのか。
その具体的な原因にたどり着けないでいる。
強いて挙げるならば、誰もが持っている人間の「悪」をコウコとコウコのおばあちゃんが
具体的に行動で示していて、その行動に、私はずんと落ちてしまったのだと思う。

「わたしはひどいことをしました。
 神様はわたしたちをおゆるしになるでしょうか。」
これは文庫本にかけられていた帯文句。
しかし、コウコがした「ひどいこと」もコウコのおばあちゃん、サワコがした
「ひどいこと」も大きなことではない。
私たちが感じるちょっとした神経のささくれを言葉で、行動で表し、そのささくれを
解消しようとしているだけに過ぎない。その小さな「ひどいこと」が小さいにも関わらず、
確かにぞっとするような「ひどいこと」で、その小ささとひどさの持つアンバランスさに
私はやられたのだと思う。同様に、コウコもサワコも、自分のそういった言動に
自分自身が最も傷ついてしまう。

けれども、サワコが乗り越えられなかった痛みを、コウコはサワコとの交流の中で
乗り越えていく。いや、「乗り越える」のではない。自分の一部として気づき、認め、
存在を許すことができる。

なぜ、万能であるはずの神様が「悪い存在」の悪魔を作ったのか。
神様は悪魔について、どう思っているのか。
作品全体を貫くこの疑問に対して、梨木さんは温かい視線で回答している。
この温かさ故に、私は人間の身勝手さを更に感じ、読み終わった後も物悲しい気持を
持ち続けたのだろうと思う。
天使のようなお婆ちゃん。おばあちゃんの介護を引き受けることで飼う事ができたエンジェルフィッシュ。天使のようだと母の自慢の主人公。

熱帯魚の水槽の音でおばあちゃんは昔の自分を取り戻し、孫の考子は友達のようになれた。エンジェルフィッシュは小さい魚を食べ始め、とてもエンジェルとは思えなくなってくる。悪魔なエンジェルフィッシュ。

おばあちゃんの女学生時代の物語と現在が交互に描かれていて、物語がリンクされている様な感じで上手いな〜と思った。

 子供のころの思い出。
 祖母のこと。
 祖父のこと。

 誰しも心の中に持っている懐かしい実家のにおい。
 記憶を思い出させてくれるあたたかな作品。
優等生でついつい人に合わせすぎてしまうくせがあり、学校からかえるとバタリと眠り込んで
しまって、起きてご飯を食べたり勉強したりは深夜の二時三時・・・という主人公のコウコの
毎日が「ああ、わかるわかる」とうなずけた。年代的には反抗期であってあたりまえなのに
外には出さず、夜の暗さの中に逃げ込む場所を見つける、その背景には「いいおかあさん」
のコワさもあり、そこらへんもうまく匂わせていると思った。
エンジェルフィッシュを暗喩として人の心のダークサイドを描いてはいるが、年齢による衰え
から女学生に戻ってしまった祖母と共有する夜の時間には不思議に優しさを感じ、安らげる。
コウコとさわの二人に語らせたところといい、救いのある終わらせ方といい、申し分ない。
読むことの幸せを感じる一冊。