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不平等社会日本―さよなら総中流 (中公新書)
出版社 中央公論新社 著者 佐藤 俊樹 発売日 2000-06
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社会統計に基づいて、日本の階層を分析した本。日本は社会階層という観点から見たら、どういう社会なのか。階層別に分かれた社会なのか。階層に縛られ、「努力してもしかたない」社会なのか。誰もがそれをどこかで分かっていながら、「努力すれば何とかなる」と考えてやってきた。それが「一億総中流」としての戦後日本だった。
著者はSSM調査という社会調査を用いて、総中流の成立、またその成立の陰で見えにくくなっていた階層差を探る。統計学上の細かな論点は、末尾の解説に回されている。また、階層の流動化ぐあいを見るための様々な統計的指標−−オッズ比、ファイ係数などーーについても、その読み方がきちんと語られている。このような統計に接する際のポイントも学ぶことができよう。
さて著者の結論は、W雇上という分類名の「ホワイトカラー専門職・管理職」が閉鎖的になっている、というものだ。この層は収入も社会的名声も相対的に高い。実は、W雇上の再生産、つまり父親がW雇上で子供もW雇上という割合はそんなに変化していない。また、W雇上の他の層との格差もしかり。問題は、他の層からW雇上への流入が減っていることだ。つまり、「努力すれば何とかなって」W雇上になれる可能性、流動性が減っているということが問題とされている。
こうして再生産されるW雇上の層。彼らは生まれたスタートラインからして、W雇上になる可能性が高い。そして同様にW雇上の層の子供たちと一緒に育ち、他の世界を知らない。W雇上が閉鎖的になるにつれ、自分がW雇上であることの自負すら持たなくなる。かくして、「庶民のことが分からない」無責任な知的エリートが増えていく。これが著者の読みだ。
この日本の階層状況に対して、著者は少しの希望を素描している。それは、カリスマ美容師に象徴される。ブルーカラー労働者がその技能でもって独り立ちしていく様である。だがこれは素描に過ぎないし、本書の範囲では語り切れていない。
本書が描いているのは、ある意味では当たり前の風景だ。サラリーマンの子供はサラリーマンになりやすいし、職人の子供は職人になりやすい。地方の農家から立身出世するストーリーは昔こそすれ、現代では少ない。こういった、ある意味では当たり前の風景を、本書は統計に基づき、きちんとした議論で提示する。もちろん、SSM調査が主に使われる統計であり、一面的な議論という側面もある。だが、徐々に日本でも階層格差が気付かれてきた。そのことにある一定の議論を与えた本書は、価値が大きいだろう。実際、ここで著者が指摘・予想したことは、その後いくつも実現している。本書が描いている日本の社会像を、受け止めるべきは我々である。
著者はSSM調査という社会調査を用いて、総中流の成立、またその成立の陰で見えにくくなっていた階層差を探る。統計学上の細かな論点は、末尾の解説に回されている。また、階層の流動化ぐあいを見るための様々な統計的指標−−オッズ比、ファイ係数などーーについても、その読み方がきちんと語られている。このような統計に接する際のポイントも学ぶことができよう。
さて著者の結論は、W雇上という分類名の「ホワイトカラー専門職・管理職」が閉鎖的になっている、というものだ。この層は収入も社会的名声も相対的に高い。実は、W雇上の再生産、つまり父親がW雇上で子供もW雇上という割合はそんなに変化していない。また、W雇上の他の層との格差もしかり。問題は、他の層からW雇上への流入が減っていることだ。つまり、「努力すれば何とかなって」W雇上になれる可能性、流動性が減っているということが問題とされている。
こうして再生産されるW雇上の層。彼らは生まれたスタートラインからして、W雇上になる可能性が高い。そして同様にW雇上の層の子供たちと一緒に育ち、他の世界を知らない。W雇上が閉鎖的になるにつれ、自分がW雇上であることの自負すら持たなくなる。かくして、「庶民のことが分からない」無責任な知的エリートが増えていく。これが著者の読みだ。
この日本の階層状況に対して、著者は少しの希望を素描している。それは、カリスマ美容師に象徴される。ブルーカラー労働者がその技能でもって独り立ちしていく様である。だがこれは素描に過ぎないし、本書の範囲では語り切れていない。
本書が描いているのは、ある意味では当たり前の風景だ。サラリーマンの子供はサラリーマンになりやすいし、職人の子供は職人になりやすい。地方の農家から立身出世するストーリーは昔こそすれ、現代では少ない。こういった、ある意味では当たり前の風景を、本書は統計に基づき、きちんとした議論で提示する。もちろん、SSM調査が主に使われる統計であり、一面的な議論という側面もある。だが、徐々に日本でも階層格差が気付かれてきた。そのことにある一定の議論を与えた本書は、価値が大きいだろう。実際、ここで著者が指摘・予想したことは、その後いくつも実現している。本書が描いている日本の社会像を、受け止めるべきは我々である。
本書の大きな特徴は、近年「格差社会」というキーワードで語られることの多い、格差の固定化・拡大化を2000年の段階ですでにはっきりと示していたということに尽きます。
本書が世に出てからすでに8年が経ちました。現在の状況を見渡してみると、(おそらく既得権益者たちの目論見によって)「不平等社会」は是正されるどころか、ますますその勢いを強めている感があります。
本書では最後の章で「平等社会」へ向けての途を様々な形で示しています。機会平等社会への移行、就業システムの変換、セイフティネットの準備、そしてそれらの成果を20年後に判断するための道しるべ。最後まで盛りだくさんの内容になっています。
この本の中にこそ、真の平等社会への正しい道があるはずです。
本書が世に出てからすでに8年が経ちました。現在の状況を見渡してみると、(おそらく既得権益者たちの目論見によって)「不平等社会」は是正されるどころか、ますますその勢いを強めている感があります。
本書では最後の章で「平等社会」へ向けての途を様々な形で示しています。機会平等社会への移行、就業システムの変換、セイフティネットの準備、そしてそれらの成果を20年後に判断するための道しるべ。最後まで盛りだくさんの内容になっています。
この本の中にこそ、真の平等社会への正しい道があるはずです。
今までの日本は、ほとんどの人が会社に行き、まじめに働き、給料をもらっていた。
しかし、中流階層がいなくなりつつある現在、努力しても親が所得が低いせいで
報われないとよく言われる。
これは給料の格差が出てきたこともあろうが、今までの日本を支配してきた、「努力すれば、みんなよい学校にいけてお金持ちになれるという幻想」が消えてきたともいえるだろう。
この本では、SSMデータなどを使い、統計的にそれを教えてくれる。
2000年に書かれた、 チャレンジングな階層研究本。
しかし、中流階層がいなくなりつつある現在、努力しても親が所得が低いせいで
報われないとよく言われる。
これは給料の格差が出てきたこともあろうが、今までの日本を支配してきた、「努力すれば、みんなよい学校にいけてお金持ちになれるという幻想」が消えてきたともいえるだろう。
この本では、SSMデータなどを使い、統計的にそれを教えてくれる。
2000年に書かれた、 チャレンジングな階層研究本。
「努力すればナントカなる/努力してもしかたない」をキーワードとして語られる、世代間階層移動の話。日本社会は西ヨーロッパ型の階級社会にここ20年ほどで急速に近づきつつある、とのこと。
前半部で、SSM調査(「社会階層と社会移動全国調査」)データが示される。その事実に基づいて、後半部ではやや思弁的な議論が展開されている。
正直もっとお堅い本だと思っていた。文章表現はくだけていて読みやすい(全体的にやや冗長な印象をもたないでもなかったが)。やはり社会科学というものは必要だなと思った。
実力を測るモノサシが無いため、学歴が代理指標になっていると主張している点、「ステータスを守ること自体がエリートの目的になっている」ことを指摘している点が面白い。
エリートに社会を良くする責任感が欠けるという著者の見方には疑問がある。社会を良くする責任は、社会の全員にあるからだ。ペーパーテストが出来る人=社会問題を解決できる人、というのは偏見だと思う。
親と子の学歴に相関関係があるのは、所得だけが原因ではないと思う。遺伝的気質(勉強好き、外で遊ぶのが嫌い、孤独好き、知能指数)も大いに原因になっていると思う。なぜこの本がそれを取り上げないのか、不思議である。
さらに所得が高ければ幸せになれるわけでもない。ブルーカラーの仕事が好きな人なら、ブルーカラーの仕事をすれば本人にとって幸せだと思う。日本では職業選択の自由がどの程度あるかどうかについても、学者の方々に、もっと調査してほしい。
エリートに社会を良くする責任感が欠けるという著者の見方には疑問がある。社会を良くする責任は、社会の全員にあるからだ。ペーパーテストが出来る人=社会問題を解決できる人、というのは偏見だと思う。
親と子の学歴に相関関係があるのは、所得だけが原因ではないと思う。遺伝的気質(勉強好き、外で遊ぶのが嫌い、孤独好き、知能指数)も大いに原因になっていると思う。なぜこの本がそれを取り上げないのか、不思議である。
さらに所得が高ければ幸せになれるわけでもない。ブルーカラーの仕事が好きな人なら、ブルーカラーの仕事をすれば本人にとって幸せだと思う。日本では職業選択の自由がどの程度あるかどうかについても、学者の方々に、もっと調査してほしい。