書評
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現代社会の垢を落としてくれる名作
著者のミッチ・アルボム氏はブランダイズ大学を経て、コロンビア大学大学院でジャーナリズムを専攻した、人気のスポーツ・コラムニストである。
ある時、大学時代の恩師である、モリー・シュワルツ先生を偶然テレビで見かける。先生は、ALS(筋萎縮性側索硬化症)という病気に冒され余命幾ばくも無い。先生は残りの人生を自分らしく生き抜くことを決意し、自分の死を見つめ、何かを学べと提案する。
本書は、あわてて飛んできた著者が、先生が亡くなるまで毎週火曜日先生の自宅に訪問し、愛/仕事/社会/家族/老い/死/など様々な問題を語り合った記録である。
自らの行き方を考える上で、老若男女問わず、すべての人にオススメしたい普及の名作である。
定価950円のこの重さ・・・
初版が出てから十年余りたった今、読みました。
深いですね。読後は言葉にならない感動と言うか
何かを感じさせられました。
日に日に衰えていく先生の姿にミッチはやり場の無い
悔しさに苛まれたに違いありません。
文化が人を人らしくさせていない。人が作った文化なのに
それに日々埋没されていくわたし達。
なんとも皮肉な世の中です。
そして人の欲。新しい車、新しい家それでもどこか満たされて
いない現代の人たち…。確かにわたし達は新しい車にも家にも
決して愛されることは無い。
やはり人として人を愛し(海援隊の歌みたいですが)そして
愛される喜び…。
これから何かに追い詰められた時、いつでも開けるように
そばに置いておきたい素晴らしい一冊に出会えた。
素敵な話だと思う。でも人工呼吸器をつけた豊かな生という選択もあったはず。
いい本だと思う。ただ、人工呼吸器をつけないという選択の問題と訳者あとがきを除いて。
この本の素敵な部分はいろんな人が紹介しているので省略。
モリーが語るように自分の心のありようを考え直すことは大切。ただ、それだけではなかなか変われない。それほどに、消費主義を促す洗脳のシステムは強力だ。だからこそ、その洗脳のシステムを裏返していくようなプロジェクトが必要だ。社会を変えようというプロジェクトの中に自分を投げ込み、その中でまた、自分の心のありようを考え直すことが大切だと思う。
この本を読んで違うと思った点
ひとつは彼が人工呼吸器の装着を受け入れないこと。足が動かなくなり、次に手や腕が動かなくなり、肺まできたら「おしまいさ」とモリーはいう。しかし、それはおしまいではない。人工呼吸器を装着して豊かに生きている人は増えている。それをつけたから、自己表現ができなくなることはない。しかし、現実に呼吸器を装着できずに死ぬ人は多い。装着する生は一段低いものとみなされ、あるいは装着したまま自宅で生きるという選択肢も示されず、構造的に呼吸器が選択できない状況がつくられる。結果としてALS患者は死に追いやられていく。この本では人工呼吸器を装着した豊かな生があるという選択肢があることは隠されたまま、モリーは死を迎える。
もうひとつは訳者あとがきの曽野綾子の援用。
彼女が人権の審議会に参加して、愛が語られなかったということを問題にする文章を引用して、訳者はそれを賞賛する。そこで、彼女が果たしている役割は愛を語ることで、人権が保障されるべき人の存在を見えなくすることではないか、その審議会の内容も、そこでの彼女の役割も知らないので、正確なことは、なんとも言えないが、一貫した彼女の政治的ポジションはそこにあるとぼくは思っている。だからこそ、愛を語ることは危険だということが、ぼくには逆説的に明示されて、よかったのだが。
人は皆死ぬ
人生には終わりがきます。(知ってましたか?)
人は皆死にます。(知ってましたか?)
皆そのことを「知っている」でしょうが、
「信じ」てはいないとモリー先生は言います。
自分もいつか死ぬ、と信じることが出来たら
余計なことに日々を費やすわけにはいかない
本当に大事なことに集中しないと
だって人生にはおわりがあるのだから
・・・さあ、あなたは何が大事だと思いますか?
という本です。ちなみにモリー先生はシンプルに力強く
この問いに答えてくれています。
人間共通の話題、誰が読んでもためになる本だと思います。
激しくおススメです。
素敵なことば
モリー先生の死は悲しく、涙があふれてきましたが、
涙がひいたあとは静かな強いパワーが湧いてきました。
とても優しく、かつ人間臭く、モリー先生は素敵なことばを投げかけてきます。
うまく、この本がいかに素敵かみなさんに伝えたいのですが、
自分の能力足らずでなかなかいい表現ができないのが残念です。