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新平等社会―「希望格差」を超えて
出版社 文藝春秋 著者 山田 昌弘 発売日 2006-09
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今日より明日が良くなるという希望があるからひとは努力する。
高度成長期くらいの昔だと、経済全体が大きくなっていたから、
人並みの努力をすれば生活向上が実現できた。
今は経済が収縮しているため、普通にやっていても生活レベルは低下を続ける。
なので、将来に希望は持てない。
それはそうなのですが、この課題を解決するためには、
我々はこれからどう行動するのが良いんでしょうか?
自分一人で何かやっても、社会全体の底上げにはならないんですよね...
高度成長期くらいの昔だと、経済全体が大きくなっていたから、
人並みの努力をすれば生活向上が実現できた。
今は経済が収縮しているため、普通にやっていても生活レベルは低下を続ける。
なので、将来に希望は持てない。
それはそうなのですが、この課題を解決するためには、
我々はこれからどう行動するのが良いんでしょうか?
自分一人で何かやっても、社会全体の底上げにはならないんですよね...
問題定義には 非常に良いと思う本です。
希望格差という言葉は、初めて聞いたが
希望喪失という自体が格差(底抜け)をあるのは事実。
やはり、最近思うのは政治家の先生方の世襲があまりにも多すぎて、
若い人で政治化を目指そうとする人が最初からあきらめてしまうというか、
希望がなさ過ぎると思う。
残された道はいい大学を出て官僚になり横滑りで政治家になるしかない。
この国のかたち、未来を創るという人たちが
誰でも目指せる状況にしないと日本は終わってしまう。
だいたい、霞ヶ関だけにいて日本を語れるわけがなく東京だけを
見据えて社会保障とか食の問題とか地方の雇用問題とかを語れるわけがない。
と思っているのも希望格差なのかと思う。
こうゆう 疑問の解決がある本です。
希望格差という言葉は、初めて聞いたが
希望喪失という自体が格差(底抜け)をあるのは事実。
やはり、最近思うのは政治家の先生方の世襲があまりにも多すぎて、
若い人で政治化を目指そうとする人が最初からあきらめてしまうというか、
希望がなさ過ぎると思う。
残された道はいい大学を出て官僚になり横滑りで政治家になるしかない。
この国のかたち、未来を創るという人たちが
誰でも目指せる状況にしないと日本は終わってしまう。
だいたい、霞ヶ関だけにいて日本を語れるわけがなく東京だけを
見据えて社会保障とか食の問題とか地方の雇用問題とかを語れるわけがない。
と思っているのも希望格差なのかと思う。
こうゆう 疑問の解決がある本です。
なぜ、格差が生じたのか?
なぜ、格差は問題なのか?
今まで、自分の頭の中にあったもやもやした疑問に、この本は答えてくれています。
「なんで、働く気のない者を、税金で助けなくちゃならないんだ」
と、かつて(その時までは)尊敬していた経営コンサルタントが言い放ちました。
「努力した人が金持ちになって、なぜ悪いのか」
とは、かつての財務大臣の言葉であったと記憶しています。
なにか、おかしい。
現に、ワーキングプアと呼ばれる人があふれてきている。
なのに、それらの、いわゆるエライ人に、反論する言葉を自分は持っていません。
そのことが、とても歯がゆかったです。
この本を読んで、少し、すっきりしました。
例えば、格差といっても、上離れと底抜けに分けて考えなければいけない、と説明しています。
能力があり、努力した人が、金持ちになる、つまり、上離れは問題ない。
しかし、地道に努力している人が、底なし沼のように沈んでいく底抜けは問題です。
そうした格差は、ニューエコノミーにより、一部のクリエータと多くの単純労働者が必要な産業構造になって生じました。
格差自体が問題というより、今後も努力してもむくわれない、という絶望感が問題です。
そういう絶望感は社会不安を起こします。先日の、派遣社員が起こした、秋葉原殺傷事件が良い例です。
だから、この希望格差を解消しなければならないのです。
著者の出している解きあかしが、正しいかどうか、私にはわかりませんが、読んだだけの価値はあった、と思っています。
なぜ、格差は問題なのか?
今まで、自分の頭の中にあったもやもやした疑問に、この本は答えてくれています。
「なんで、働く気のない者を、税金で助けなくちゃならないんだ」
と、かつて(その時までは)尊敬していた経営コンサルタントが言い放ちました。
「努力した人が金持ちになって、なぜ悪いのか」
とは、かつての財務大臣の言葉であったと記憶しています。
なにか、おかしい。
現に、ワーキングプアと呼ばれる人があふれてきている。
なのに、それらの、いわゆるエライ人に、反論する言葉を自分は持っていません。
そのことが、とても歯がゆかったです。
この本を読んで、少し、すっきりしました。
例えば、格差といっても、上離れと底抜けに分けて考えなければいけない、と説明しています。
能力があり、努力した人が、金持ちになる、つまり、上離れは問題ない。
しかし、地道に努力している人が、底なし沼のように沈んでいく底抜けは問題です。
そうした格差は、ニューエコノミーにより、一部のクリエータと多くの単純労働者が必要な産業構造になって生じました。
格差自体が問題というより、今後も努力してもむくわれない、という絶望感が問題です。
そういう絶望感は社会不安を起こします。先日の、派遣社員が起こした、秋葉原殺傷事件が良い例です。
だから、この希望格差を解消しなければならないのです。
著者の出している解きあかしが、正しいかどうか、私にはわかりませんが、読んだだけの価値はあった、と思っています。
本書は、ニューエコノミーによって生じた「格差社会」を元に戻すことは不可能にしても、希望格差が固定化する社会だけは何とかしなければならないという主張を展開し、そのための対策(できること、すべきこと)を世に問う提言書です。
山田氏の分析によると、ニューエコノミー社会の仕事は、高い専門性が要求される専門中核労働と、マニュアル通りに働けばよい定型作業労働に二分されます。
専門中核労働者の報酬は上昇していき、定型作業労働者の時給は増えませんから、経済格差は開く一方です。だからといって、いまさら労働環境を昔の状態に戻すことはできません。国際競争力をつけるためにも、生産性の低い人に高い賃金を払い続けることはできなくなってしまったのです。
山田氏が専門とする家族社会学の目で見ると、この20年〜30年で、家族のかたちは、以前のように「正社員の夫+専業主婦の核家族」「自営業の大家族」の二つに分類できていた時代と違い、多様な家族形態が増えてきました。
たとえ「正社員+専業主婦」モデルが少なくなって共働き夫婦が増えていても、そして、同じ共働きでも給料の多い夫婦と給料の少ない夫婦の生活に差が生じていても、家族のかたちが多様になってきたのですからもう後戻りはできません。
ただ、親の世代に生じた格差が子どもの世代に引き継がれること、それによって格差が固定化し、希望を失う人が増える社会だけは避けなければなりません。
山田氏が示す対策案も書かれていました。それぞれ、ごもっともなご意見ではありますが、著者が社会的問題点を指摘するときのような鋭さが感じられません。やはり、問題点を見つけるのは簡単でも、解決するとなると一筋縄ではいかないのですね。
少子化対策ひとつとってみても、一刻の猶予もありません。
希望がもてない状況に追い込まれている人々が、現実に目の前にいるのですから。
山田氏の分析によると、ニューエコノミー社会の仕事は、高い専門性が要求される専門中核労働と、マニュアル通りに働けばよい定型作業労働に二分されます。
専門中核労働者の報酬は上昇していき、定型作業労働者の時給は増えませんから、経済格差は開く一方です。だからといって、いまさら労働環境を昔の状態に戻すことはできません。国際競争力をつけるためにも、生産性の低い人に高い賃金を払い続けることはできなくなってしまったのです。
山田氏が専門とする家族社会学の目で見ると、この20年〜30年で、家族のかたちは、以前のように「正社員の夫+専業主婦の核家族」「自営業の大家族」の二つに分類できていた時代と違い、多様な家族形態が増えてきました。
たとえ「正社員+専業主婦」モデルが少なくなって共働き夫婦が増えていても、そして、同じ共働きでも給料の多い夫婦と給料の少ない夫婦の生活に差が生じていても、家族のかたちが多様になってきたのですからもう後戻りはできません。
ただ、親の世代に生じた格差が子どもの世代に引き継がれること、それによって格差が固定化し、希望を失う人が増える社会だけは避けなければなりません。
山田氏が示す対策案も書かれていました。それぞれ、ごもっともなご意見ではありますが、著者が社会的問題点を指摘するときのような鋭さが感じられません。やはり、問題点を見つけるのは簡単でも、解決するとなると一筋縄ではいかないのですね。
少子化対策ひとつとってみても、一刻の猶予もありません。
希望がもてない状況に追い込まれている人々が、現実に目の前にいるのですから。
『希望格差社会』(04)が評判になって以降、著者のもとに次々舞い込んだ講演等の準備ノートに修正・追加を施して書き下ろしたのが第1部。第2部は01〜06年の期間に雑誌等で発表した文章に手を入れた5本で構成。書名から窺える通り、『希望〜』で明らかにした格差の現状にどう対処するかという問題意識が強い。
『希望〜』は大学での講義をまとめ直した内容で、当時としてもそれほど目新しい主張はなかったと記憶する。御用学者じみた物言いに反感を抱いた部分さえあった。しかし、遅ればせに読んだ本書は実に面白かった!
著者は本書で、格差社会論の立場から少子化の原因についても鮮やかな分析を披露し、これを座視できない理由もそれなりに説得的に論じている。私はちょっと山田ファンになり、近著『少子社会日本』も読みたくなった。
とは言え、やはり社会学的アプローチの限界も感じる。というのは、格差拡大が「グローバル化・ニューエコノミー」(p94他)と関連し、欧米先進諸国に共通の問題だとせっかく指摘しながら、どうしても一国内の要因分析に傾いていく点だ。私としては、経済のボーダレス化に伴って先進国の労働者が第三世界の労働者と競合している現状の分析こそ重要だと考える。格差是正対策とは、必ずしも実体的な労働力としてではなくとも、価格競争を通じて先進諸国に流入し始めた第三世界をいかに封じ込め、国内的にコンパクト化し、国民国家の建前を維持するかという問題ではないか? 「おわりに」の結語を見ても、著者の言う「全ての人」に希望を与える「新平等主義」が、日本国民以外を排除していることは明白だろう。
『希望〜』は大学での講義をまとめ直した内容で、当時としてもそれほど目新しい主張はなかったと記憶する。御用学者じみた物言いに反感を抱いた部分さえあった。しかし、遅ればせに読んだ本書は実に面白かった!
著者は本書で、格差社会論の立場から少子化の原因についても鮮やかな分析を披露し、これを座視できない理由もそれなりに説得的に論じている。私はちょっと山田ファンになり、近著『少子社会日本』も読みたくなった。
とは言え、やはり社会学的アプローチの限界も感じる。というのは、格差拡大が「グローバル化・ニューエコノミー」(p94他)と関連し、欧米先進諸国に共通の問題だとせっかく指摘しながら、どうしても一国内の要因分析に傾いていく点だ。私としては、経済のボーダレス化に伴って先進国の労働者が第三世界の労働者と競合している現状の分析こそ重要だと考える。格差是正対策とは、必ずしも実体的な労働力としてではなくとも、価格競争を通じて先進諸国に流入し始めた第三世界をいかに封じ込め、国内的にコンパクト化し、国民国家の建前を維持するかという問題ではないか? 「おわりに」の結語を見ても、著者の言う「全ての人」に希望を与える「新平等主義」が、日本国民以外を排除していることは明白だろう。