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アフリカと政治 紛争と貧困とジェンダー―わたしたちがアフリカを学ぶ理由
出版社 御茶の水書房 著者 戸田 真紀子 発売日 2008-08
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Amazonレビュー
マスコミの性として他国の事情を報道するときには、我々との類似よりも相異のほうを強調しがちである。とくにアフリカが俎上に上る時はそうであり、われわれは知らず知らずのうちに偏った見方をしてしまっている。
本書は、アフリカ―とくにサブサハラ地域の現在の政治社会のありのままの姿を、主に「人間の安全保障」に軸足を置いて綴られたものである。本文はケーススタディが中心であり、それだではやや難解ではあるが、豊富な図・表・注に加えて特に重要な専門用語については「コラム」を起こして平易に解説されているので、国際問題のシロウトにもわかり易いものに仕上がっている。特に日本の戦国時代を彷彿とさせられるナイジェリアのケーススタディは詳細を極め圧巻である。
また、よくミクロコスモスはマクロコスモスを反映すると言われるが、ルワンダで80万人もの人々が虐殺されたという記述に出会ったときなどは、この10年間で30万人もの人々が自殺しているにもかかわらず、さほど有効な対策が取られているとは思われない極東の島国の政治も本書で提示されるアフリカの構図とは無縁のものではないことがわかる。グローバル化時代の政治は世界中にコピーされているのだ。
それだけに、ケーススタディの集成に終わらずに、全体を貫く軸として、世界史、国際政治や世界経済の動向が通奏低音のように鳴り響いていればと惜しまれる。
最後に、本書で解決策として呈示されるのは、社会的公正の他、法や条約の遵守、そして「経済発展」が主であるが、それらは基本的には西欧文化であり、単純なことをしていれば却って「新植民地主義者」の思う壺だろう。よって著者には、ヨーロッパでもなく、アフリカの伝統でもなく、ましてやアジアや日本でもない、新しい可能性の発見を期待したい、などとルワンダ産のコーヒーを飲みながら思ったのだった。
本書は、アフリカ―とくにサブサハラ地域の現在の政治社会のありのままの姿を、主に「人間の安全保障」に軸足を置いて綴られたものである。本文はケーススタディが中心であり、それだではやや難解ではあるが、豊富な図・表・注に加えて特に重要な専門用語については「コラム」を起こして平易に解説されているので、国際問題のシロウトにもわかり易いものに仕上がっている。特に日本の戦国時代を彷彿とさせられるナイジェリアのケーススタディは詳細を極め圧巻である。
また、よくミクロコスモスはマクロコスモスを反映すると言われるが、ルワンダで80万人もの人々が虐殺されたという記述に出会ったときなどは、この10年間で30万人もの人々が自殺しているにもかかわらず、さほど有効な対策が取られているとは思われない極東の島国の政治も本書で提示されるアフリカの構図とは無縁のものではないことがわかる。グローバル化時代の政治は世界中にコピーされているのだ。
それだけに、ケーススタディの集成に終わらずに、全体を貫く軸として、世界史、国際政治や世界経済の動向が通奏低音のように鳴り響いていればと惜しまれる。
最後に、本書で解決策として呈示されるのは、社会的公正の他、法や条約の遵守、そして「経済発展」が主であるが、それらは基本的には西欧文化であり、単純なことをしていれば却って「新植民地主義者」の思う壺だろう。よって著者には、ヨーロッパでもなく、アフリカの伝統でもなく、ましてやアジアや日本でもない、新しい可能性の発見を期待したい、などとルワンダ産のコーヒーを飲みながら思ったのだった。
サハラ以南のアフリカといえば、学生時代に地理や世界史などでも学習した記憶があまりなく、新聞・テレビでも、ダルフール紛争、ジンバブエ・ムカベ大統領、資源外交などのニュース報道ぐらいではないか。アフリカに関する情報量の少なさ、偏りに加え、我々が如何にアフリカに対して目先のイメージだけしか持っていないからであろう。この本はアフリカの現実の姿を丁寧に解説することにより、我々がもつイメージ・神話を是正し、日本社会も含めて各者がどう取り組んでいくべきかを示唆する。問題の解決は、慣習法、選挙民主主義が紛争をもたらす矛盾、宗教紛争など一筋縄ではいかないが、まずアフリカについて関心を持ち、勉強するためにもぜひ読んでいただきたい。文中、適宜コラムがあり、アフリカだけでなく、国際協力分野の理解も深まります。