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存在の耐えられない軽さ (世界文学全集 1-3)

出版社 河出書房新社
著者 ミラン・クンデラ
出版日 2008-02-09
書評
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写実的描写の緻密さ
まず、登場人物がとてもリアリスティックだ。それはよく言えば「地に足がついている小説」であり、悪く言えば「どこにでも居そうな人物ばかり」ということだろうか。
1984年の作品である。したがって描写がリアルである。本書は一種の哲学小説かもしれない・・・とさえ思えるほど緻密な描写に満ちている。
登場人物も、それなりに個性はあるが、チェスのコマを動かすがごとく、あくまでも「哲学的」な人物ばかり。それでいて魅力的なのだから感服させられる。
ミラン・クンデラは衒学的だなあ。そう思えるほど描写が細かい。フローベール「感情教育」「ボヴァリー夫人」に匹敵すると言っていい。
河出版「世界文学全集」から、どれを読めばいいか、と聴かれたら私なら「オン・ザ・ロード」を挙げるが、本書も是非お勧めすることだろう。
本書はとても読みやすい。旧訳でも新訳でもいい、手にとって読んで欲しい。
哲学的な部分がもっと理解できれば・・・
この物語自体は、1988年に公開されたフィリップ・カウフマン監督の映画で知っていました。
映画では、プレーボーイの医者トマーシュに田舎娘テレザと画家のサビナの奇妙な三角関係が、<プラハの春>からソ連軍の侵攻という時代を舞台に描かれていました。

今回本書を読んで驚いたのは、題名の通り非常に哲学的な部分が多々あったことです。この部分への理解があってこその作品だとは思うのですが、なかなか完全に理解するところまでは行きませんでした。
従って、トマーシュとテレザの二人の主人公の物語として読み進んだという結果になりました。

何人もの女性を相手にしているトマーシュは、テレザを「特殊」な存在として認識し、その領域には他の女性は入りえないという風に感じています。従って、二人の関係は相思相愛のように見えながら、互いにそうした関係に疑問を持ちながら暮らしています。
そして、ソ連軍の侵攻からプラハを立ち去りスイスへ。しかし、又プラハに戻り、更に田舎へ。
チェコという国が、大国に翻弄された歴史の中に存在したように、彼らの人生も翻弄されます。
ただ、そこには彼らの「決断」も介在しています。この「決断」が、人生の「軽き」に向かったのか、「重き」に向かったのかは、一度しかない人生にとって、結果論でしょう。
ただ、この二人の関係は傍から見れば、魅力的な関係に見えます。本人たちがどう思っていようとも。

この本も魅力は、登場人物たちの魅力と、アイロニーに溢れる文章、そして、行きつ戻りつしながらも、リズミカルな物語の展開でしょう。
話だけを楽しむのであれば、哲学的な部分は邪魔かも知れませんが、それでも楽しめる小説であり、哲学的な部分がもっと理解できれば、その分、楽しみも大きくなるような、そんな小説のような気がします。
異形の小説、面白いが難解
冒頭から作者とおぼしき話者の哲学的な省察が延々と述べられて、その語りのスタイルにまず面食らいました。

内容紹介には「派手なストーリー」とありますが、その言葉からからいわゆる冒険小説のようなストーリー展開を期待してしまうと、失望されるでしょう。また性的な内容を扱っているからといって、よこしまな期待で手にしたならば、やはりはぐらかされてしまうでしょう。確かに性描写は少なくありませんが、決して扇情的ではありません。
時間軸も直線的ではないし、その結果主人公にからまない主要登場人物がいたりと、小説としてはかなり「異形」な作品です。

世界の学者の半分はマルクスの研究をしている、といわれたかつての時代なら、この作品は充分衝撃的だったでしょう。しかし、社会主義の矛盾が色々露呈してしまった現代では、その衝撃は味わえません。それでも、主人公たちを見舞う峻厳な運命は、耐えられない重さの感覚で読者の胸に迫るはずです。

これは読者を選ぶ小説です。基本の語り口は哲学的、ストーリー展開も一筋縄でないし、小説のスタイルとしてはかなり異形・・・
これらを覚悟した上でなお選択するならば、登場人物の魅力、奔放なイメージ、哲学的で深い省察、緊迫したエピソード等々、この小説はつきない魅力を開いて見せてくれるでしょう。
そんかるの新訳
 「そんかる」の新訳である。私としてははじめて読むが一筋縄では行かない面白さに満ち溢れている。「実存小説」なんていわれているが、なんてことはないボヘミヤ版「好色一代男と女」である。クンデラは「プラハの春」をSEXの自由さで描こうとしている。社会帝国主義に対する造反は、無軌道なSEXを主人公の男女にパフォーマンスさせる事によって実行できるのではないか、少なくともこれだけは検閲させないぞとでも言っているかのように。
 
 トマーシュは、もてもての外科医。テレザは、一夫多妻的な生活で彼の分身の役目を果たすことを自らの使命と考えているけなげなおなご。そのトマーシュが、髪の毛に女のアソコの匂いをさせて帰ってきたからさあ大変!どうなることやらこの二人! 
 反政府的なビラをばら撒いたとかばらまかなかったとか、なんとかで病院を解雇されたトマーシュは、窓拭き掃除人になるがそれでもプレイボーイは止められない、「キリンとコウノトリに似ている女」(ゲッ、想像するだに恐ろしい!)をはじめ、25年で200人の女とやってしまう、ああ羨ましい。これが実存、これが男の生きる道、なんか文句ある?とでも言っているかのようで痛快この上ない?
 
 「キッチュ」は決してまがいものとか、俗悪なものという意味だけではなくもっと深い意味をもっているということが書かれているかと思えば、「グノーシス」なるキリスト教思想にしても言及している。そんなこんなで、この「そんかる」は、一度ではなく、何度も読まなければ亡命作者クンデラの主張を汲めない,生意気にも「小難しい」小説である。
自分はトマーシュ好き
名前だけ知っていて、読んだことはありませんでした。楽しみに読んでみたのですが、うーん、これまた不思議な味のする物語でした。
頭を使います。登場人物と作者が思索を重ねながら進んでいくお話でした。
その思索は、話術や演出が上手いのか、理解は出来るんですよ、でも、自分の頭の中の思考力を沢山動員する必要があって、ゆっくりと読んじゃいますね。

演出といえば、この本の末尾の解説に書かれた小説技法についての解説、これが良かったです。「こんな話題の詰まった本、よく読めたなぁ」と読みきった後、自分にビックリしていたのですが、作者の話術が素晴らしかったんだなぁと納得しました。
解説の、「小説の知恵と技法」「小説の音楽的統一性」の2文です。特に後者は感服。
そして、それを成し遂げる作者の体力が一番凄いということですね。

あ、内容について書いてないや。しかしこれの内容を書くのは難しい。具体的な出来事に依っている(と自分には思えた)小説なので、実際に読んでもらって、具体的な出来事を体験してもらってからじゃないと、どんな感想も伝わらないのじゃないかしらと不安で、頭が上手く働いてくれません。

そうだ、月報があった。今回の池澤氏の月報は面白かった。あれを参考にしよう。以下、あれから初めて連想した感想。

うーん、登場人物では自分はトマーシュが一番好きです。人生の大決断をその場で決めていかねばならない事態が続くのですが、その都度その都度の選択に共感と敬意を感じました。この選択を巡って度々トマーシュは思い悩むのですが、読んでて励ましてやりたくなりましたよ。

そこまで書いて思い出しました。「愛」の無意識に沈む情動、過ぎ去った後ではすぐに忘れたくなるような快不快をふんだんに含んだ感情のことを、理性の枠外に飛び出してしまうその性質の事を、これほど思い出させられた本はないと思いながら読んでたんでした。

最終章、前までとの断絶が強いのですが、なぜだか凄く好きな話です。静謐な感じ。この章、私の好きなトマーシュからの視点がテレザから見えるものしかわからないようになっているのがじれったいですが、不安定な社会の中のひと時の静けさを二人でいとおしんでいたと思いたい出来です。
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