書評
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Amazonレビュー
今に繋がる・・・・
「小説は書き出しが大事である」と池澤が「月報」で書いているその書き出し。
「まず、ヘレンがその姉に宛てた何通かの手紙から始めたらどうだろうか。」となっている。
本書を読み終わってからまたこの書き出しに戻って、妹ヘレンがその姉マーガレットに宛てた3通の手紙をもう一度読み返してみる。なるほどそうだったのか、とガッテン!!
約100年前(1910年)に発表された本書は、21世紀の社会・経済の諸問題を早くも浮き彫りにしている。
「所得格差問題」然り、「シングルマザー問題」然りである。
「ただ結びつけることさえすれば・・・」という扉の言葉も意味深である。
何と何を結びつけるのか、何と何が結びついているのか。
イギリスの上流階級の中で進歩的知識人のシュレーゲル家と、実業界の保守派・ウィルコックス家の結びつきであり、
彼らと金融会社をリストラされたレオナード・バストとその妻ジャッキーといった貧民クラスとの結びつきである。
マーガレットの金銭感覚は21世紀初頭の日本の「ヒルズ族」を髣髴とさせる。
「・・・・・一番恐ろしいのは愛情のなさではなくて、金のなさではないかと思い始めた」彼女は、「そう金持ち、金がすべて」といっているのを読むと、「金儲けの何が悪い」と開き直ったあの村上某そっくり。
尤も社会主義に目覚めたヘレンはこの姉の意見に対立する。その二人も最後は・・・・・。
物語の前半でウィルコックス家の人々と我々読者には知らされているが、シュレーゲル家の人々には知らされていないある事実が、どうなるやら気がかりであったが、最後の最後にとてもスマートに解決することになった。
作者は最後まで我々読者にお楽しみを残しておいてくれたのだ。
既に古典となっている名作
フォースターの作品は映画化されているものが多いので、この作品も映画でご覧になった方も多いと思います。「ハワーズ・エンド」は、フォースターお得意の階級や文化の違い、そして男女の違いによるすれ違いを描く名作として知られます。特に19世紀から20世紀初頭のイギリスの歴史や文化の好きな方には、当時の雰囲気を楽しめると思います。ただ、フォースターやヴァージニア・ウルフ等の既に古典となっている作品が、この「世界文学全集」で現在活躍中の作家の近作と同列に扱われているのには、やや違和感があります。20世紀初頭の古き良き時代を味わうべき作家なので、現代文学のファンにはやや飽き足らないかもしれませんが、当時としては階級社会の問題点など、社会性のある大胆な視点で描いた作品だったと思います。古典を楽しむ感覚でお読みください。
翻訳に難あり
フォースターの文体がどういうものか英語の読めない私にはわからないが、吉田健一の訳には最後までのれなかった。この訳文が本当に「格調高い」ものだろうか?
吉田健一というだけでむやみとありがたがる人は多い(私は吉田の文章は嫌いである)。吉田が自分のエッセイや小説でどれほどヘンテコな文体を使おうが、それはかまわない。ただ、翻訳にまでそれを延長するのは犯罪である。
もっと普通の、というかまともな日本語で読みたいと思うのは私だけであろうか。
小説の内容に関していえば、これも大して感銘を受けなかった。
私はオースティンの小説には古臭いという印象をあまり受けないのだが、オースティンより後の時代のフォースターの書いたこの小説には、古臭いという印象を拭い得ない。また作者の世界観、男女観があちこちで露骨に顔をだしていて鼻白んでしまうの。
この本を読んでいて、登場人物ウィルコックス氏の言動に腹が立ってたまらないことが何度もあった。思わず本を床に叩きつけたくなったことも一度や二度ではない。しかし読み終えてみて、これだけ生々しい怒りの感情を突き動かされるのは、この小説がそれだけ優れているためではないのかと思い直した。ただ、そうだとしても、私に言わせればウィルコックス氏は最低の男であり、魅力のかけらも感じられない。
池澤夏樹氏とは違い、私はこれを読んでいてまったく夢中になれなかった。
ちなみに吉田健一は吉田茂元首相の息子であり、麻生太郎議員のおじさんにあたる。
正統派イングランド文芸とはややずれた作家の佳作
エドワード・モーガン・フォースターという人は面白い方で、いろいろな評論を書いたり(岩波文庫の彼の著作を参照してください)、外国を舞台にした長編を書いたり(「インドへの道」のことです)、同性愛小説を書いたり(「モーリス」のこと)・・・と、まあ、いかにも格調高そうな文学人、とは一歩ずれた作家さんなのです。
本作「ハワーズ・エンド」を読んで、その華麗な文体とやや退屈な展開に、「なんだ、普通のイギリス文芸作品じゃねえか」と感じた方!あなたはまだ「〜エンド」をしっかり読めていない!たとえ「退屈」と感じても、一回読んだだけで放り投げるのは、あまりにももったいない!
「ハワーズ・エンド」は、むしろ、フォースター作品の中では異色作なのです。というのも、テーマが重たそうで、実は割と軽いからです(いい意味で)。「インドへの道」なんかはかなり重たいですが。「〜エンド」は、一つの家(ハワーズ・エンド)をめぐるストーリーで、複数の家庭がからむ、という、他愛のないものです。
しかし、だからこそ、フォースターという稀代の作家の真髄をみることができるのです。文体をもう一回確認してください。格調高い文体で、どこにでもありそうなテーマを扱う、というのは、簡単そうで難しいのです。中華包丁で刺身を切るようなものです(陳腐な喩えを出してすみません)。並の作家にはできません。
そういう意味では「世界文学全集」の中に本作が選ばれるのは不思議ではありません。まあ、人によるでしょうね。「インドへの道」や「天使も踏むを恐れるところ」などが選ばれても不思議ではありませんから。
訳者の吉田健一さんは、ずっと昔に本作を翻訳なさっています。以前のヴァージョンとどこか違うのか、または数箇所改訳されているのか・・・といった、細かいことは、わかりません。ごめんなさい。