情報
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冬の夜ひとりの旅人が (ちくま文庫)
出版社 筑摩書房 著者 イタロ カルヴィーノ 発売日 1995-10
この本に関する書評
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Amazonレビュー
読み手自身であるところの「男性読者」がカルヴィーノの新作小説『冬の夜ひとりの旅人が』を読みはじめると、突然その本が製本不良で途切れてしまう。交換してもらった本を読もうとするとまたそれが全く違った小説、でさらに追いかけるとその本が偽モノで、本物と渡された小説がまた全然違って。。。というストーリー部分とそれらの小説の出だしのみ(なぜならそれが必ず途切れてしまうから)が繰り返される実にカオスな小説。
映画にしろ小説にしろ、最初からぐっと引き込まれるなんてのは稀で最初の15分とか15ページは大抵忍耐を強いられますが、この小説はそこを越えたと思うと突然切れるから、それで男性読者と思わず一体化してしまう。すごいつくりです。
これは「小説についての小説」ですね。小説をめぐるカオスなかで小説を読むこと、読まれること、書くこと、などなどについての示唆にとんだ言葉があふれていて、感じ入ってしまいました。小説中毒を自認する「男性読者」と「女性読者」のひとはきっと楽しめると思います。
特に印象に残ったフレーズをふたつほど。
私は望遠鏡に目を当て、あの女性読者に照準を合わせる。彼女の目と本のページの間を白い蝶が舞っている。たとえ彼女がどんなものを読んでいようと今彼女の注意
を惹いているのはあの蝶であることは確かだ。書かれていない世界の極致はあの蝶の中にあるのだ。
「現在において警察国家体制ほど文字に書かれた言葉というものを高く評価しているものはありません」とアルカディアン・ポルフィリッチは言う。「その国において文学が
真に重んじられているかどうかを見分ける尺度としてそれを取り締まり抑制するために投入される人員の総数以上にはっきりしたデータがあるでしょうか?文学がそうした
関心の対象となる地においては、それが無害で何の危険もない娯楽として繁殖するにまかせている国々では想像もつかないほど、非常な評価を獲得しているのです。
たかが小説、されど小説。
映画にしろ小説にしろ、最初からぐっと引き込まれるなんてのは稀で最初の15分とか15ページは大抵忍耐を強いられますが、この小説はそこを越えたと思うと突然切れるから、それで男性読者と思わず一体化してしまう。すごいつくりです。
これは「小説についての小説」ですね。小説をめぐるカオスなかで小説を読むこと、読まれること、書くこと、などなどについての示唆にとんだ言葉があふれていて、感じ入ってしまいました。小説中毒を自認する「男性読者」と「女性読者」のひとはきっと楽しめると思います。
特に印象に残ったフレーズをふたつほど。
私は望遠鏡に目を当て、あの女性読者に照準を合わせる。彼女の目と本のページの間を白い蝶が舞っている。たとえ彼女がどんなものを読んでいようと今彼女の注意
を惹いているのはあの蝶であることは確かだ。書かれていない世界の極致はあの蝶の中にあるのだ。
「現在において警察国家体制ほど文字に書かれた言葉というものを高く評価しているものはありません」とアルカディアン・ポルフィリッチは言う。「その国において文学が
真に重んじられているかどうかを見分ける尺度としてそれを取り締まり抑制するために投入される人員の総数以上にはっきりしたデータがあるでしょうか?文学がそうした
関心の対象となる地においては、それが無害で何の危険もない娯楽として繁殖するにまかせている国々では想像もつかないほど、非常な評価を獲得しているのです。
たかが小説、されど小説。
この本からでなくて、米川良夫など、ほかの訳者によるものからおすすめしたい。ことば・物語・形式と戯れさせてくれるところに、カルヴィーノの楽しさがあるとおもうが、脇功氏の訳では、知らないうちに迷路に迷い込んで終わってしまうような感がある。学生の下訳をそのまま載せたような杜撰さが見受けられ、日本語としておかしな文章ばかり並ぶ。はじめてカルヴィーノを読むひとは、「なんとなくムズカシー」と言うだけで終わってしまいかねない。
カバー裏のキャッチコピーもまるでそそらない。超テキトーな感じするんすけど。ちくまさん、本がかわいそうです、ちゃんと仕事してください。
カバー裏のキャッチコピーもまるでそそらない。超テキトーな感じするんすけど。ちくまさん、本がかわいそうです、ちゃんと仕事してください。
『冬の夜ひとりの旅人が』は、“読書をすること”をテーマにして綴られた小説である。“読書をすること”は多くの小説を読む人達にとって共通の興味の対象であると思われるから、非常に上手いテーマではないかと思う。
この小説には、とても面白そうな始まり方をする作中作が、10本もぎっしり詰まっている。そしてその作中作と、“続きが読めないかもしれない”というすべての読者に共通の恐怖を軸にして話が進んで行く。
“読書をすること”がテーマであるため、作中作の書かれ方もやはり独特だ。それは、作中で主人公が読んでいる本の忠実な写しではなくて、主人公の読み方に沿った書き方がいくらかされている。これにはちょっと面食らったけど、慣れてしまえば気にならない。実際、こんな風に読んでいるような気もするし。
“小説を読むこと”が好きな人は、楽しく読むことのできる本だと思う。