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新しい神の国 (ちくま新書)

出版社 筑摩書房
著者 古田 博司
出版日 2007-10
書評
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ひと味ちがう日本論
ちかごろの本はただ平易でよみやすくするばかりで,味わいのない文章がおおい.それに対してこの本の著者は「本を大量に読み,文章を膨大に書きなぐるという過程を子供の頃から無意識で繰り返しては来たのだが,文章に味わいや品格というものがどうにもこうにも涌いてこない」と書いてはいるものの,この本はひと味ちがっている.また,通説にとらわれず,2 ちゃんねらーについても小林秀雄や藤原正彦も独自に理解しようとしている.疑問の点も多々あるが,得るところもある本である.
ポスト・モダンの指南書か!?
東アジア共同体をEUに比肩する構想として同列に論じる人がいるかもしれないが、この地域の本質は筆者が前著で定義した、異時代国家群ということにあると思う。
文春から昨秋出た『対北朝鮮・中国機密ファイル』の中には、「世界で一番朝鮮のことが嫌いなのは日本」という表現と共に「本音を言えば、中国人は概して韓国人のことを見下している」という言葉がある。<高麗棒子>が嫌われるに至った朝鮮人の戦前の行為について触れ、中国から見た彼らなりの正当性を主張。曰く、日本を嫌いだった中国人も日本をよく知れば考えを変えるが、韓国に漠然たる憧憬を持っている中国人は彼の国を知れば知るほど嫌いとなると。実際に彼らと話していると、韓国人は中国が本質的に嫌いのようだ。そして中国人もコリアンを心底好いてはいないようである。互いに同類は、鏡を見ているようで嫌になるということなのかもしれない。しかし日本に対しては愛憎入り混じる。彼らの側から見て異質だからであろうか。
中国は共産主義を“毛沢東思想”に変質させた。北朝鮮は憲法にマルクスレーニン主義を謳っていた1974年、「唯一思想体系確立のための十大原則」なるカルトの綱領然とした首領の絶対化を確立した。西洋起源の思想を彼らなりに取り入れた、変容の末路である。
ならばこそ日本は彼らから異質と思われようとも、現実的な立場から西洋近代を導入し、技術的なものは写実的に切り取り、適度に茶化しつつ実用的に進めていけばよい。そんな無視の姿勢がよいのではないかとの結論が、ポストモダンを生きる我々のクールな対応ではないかと思う。そんな雰囲気が本書からは読み取れた。近代は熱い時代だ。まるで彼の国の火鍋のようにチゲのように。寒い冬の時にあっては暖かさが恋しくなるのが人情かも知れぬが、もはや居心地のよかったかもしれない過去の心象には遡れないことを覚悟しなければならない。
余りに空虚な論説
著者は(そのレベルの低さに目を瞑るとして)政治思想学者である。それにもかかわらず、専門外であるはずの国際政治にまで論及している。しかもその内容は、孫引きと誤謬であふれかえっており、学者としての良心に欠けていると言わざるをえない。
「日本はアジアではない」という主張は、すでに1990年代初頭にハンチントンによって成されてきたものであるし、そこに著者の独自性はない。しかも、著者は「別亜」を唱えていながら、具体的にどうすればよいかなどの提言は全く行わない。ただ念仏のように唱えていれば、日本は「神の国」として再生するとでも言いたいのであろうか。単なる観念論では、日本を変えることなどできはしない。
神道の話かと思えばさにあらず、東アジアと日本の問題提起だったが、納得。
 日本という国の外交手腕について、下手であるとか拙劣であるとかの批判を耳にすることがある。
 果たして、日本の外交官、外務官僚等など、それほど知識レベルが低いわけでもなく、語学堪能な方々ばかりである。ただ、国際感覚となると疑いたくなるような行為の一端を垣間みることがある。すでに過去の記憶となりつつあるペルー大使館占拠事件、瀋陽領事館における脱北者事件など、危機管理能力を疑いたくなる。
 ひとつには情報の重要性ということに対して、戦前の情報収集イコールスパイに結びつき、ひいては侵略戦争の先導役としてのスパイ及び憲兵、特別警察に結びつき、日本人自身が洗脳されているために情報収集という重要性を無視しているからだろう。
 そして、過去の歴史や文化を全て否定したことからも発生する。
 日本は悪、それ以外の国々は善と図式化されたものが現代にまで連綿と続いていることが原因でもある。

 北京政府や韓国・北朝鮮が日本を侵略国家として騒ぎ立てるのは今に始まったことではなく、大和朝廷の頃からずっと繰り返してきていることでしかない。
 その間、日本(倭)も侵略行為や略奪行為による被害をどれほど受けてきたかははかりしれない。そういった歴史を直視することなく、ほんの60年ほど前の事で謝罪を続けるのならば、いくら身があってももたない。
 テレビドラマの中で展開する宮廷の世界から美しい韓国をイメージする日本人が多いが、一握りの階級が全ての人民の生殺与奪権を持っていた朝鮮に人としての平等をもたらしたのは日本であることを日本人が知らない。
 イギリスによって人民の多くをアヘン中毒者にさせられた清国を解放する政策をとったのが日本であることを日本人が知らない。どころか、厚かましくもアヘン売買で日本は潤ったと糾弾する現代中国人まで出てくることに反論できないインテリがいるから困りものである。

 アジアに日本は位置していても日本はアジアと異なるということをそろそろ意識しても良いのではと思う。
 そして、他国の歴史や文化を知れば、日本の歴史や文化との比較から、日本という国を再考する新しい発見が生まれてくるだろう。アジアだから分かり合えるという安易な思考が悲劇をもたらしている事実を意識改革の書として満載しているものでした。
ティゼーション
宗教的なタイトルに一瞬とまどいつつも、表紙の本文説明に惹かれて手に取った。
東洋哲学というか、これは国際関係論を文化から語った「政治思想」の本にあたるのだろうか。
ともかく“ティゼーション”という言葉が、この本の眼目であろう。著者は、茶化すという日本民族の思想を、tease(からかって悩ます)という英語にかけて、Teazation という。このティゼーションこそが、日本を東アジア(大陸側)の文化攻勢から守護する防波堤の役割を果たしてきたという。
著者によれば今日に至るまで、日本人は外来思想を茶化し続け、自分とは別物としてきたという。これが東洋の儒教も西洋のキリスト教もみんな骨抜きにしてしまい、日本は独自の文化圏として存立し得たとは、納得である。
そういえば、日本人が外国語が苦手なのも(私も一ヶ国語しかできない(^^;;;)、実は自身の文化圏が厚すぎて、外来のものがうまく入ってこないのでそうなのだろう。
この本は、各章がみなおいしい。私は叙々苑の焼肉弁当も好きだが、この著者の料理法はあれこれおかずを楽しめる幕の内弁当を食べているような楽しさだ。くどくなく、引き込まれる麗文に魅了される。中国のベアリング工場の写真等は、この著者の「茶化し」精神がいかんなく発揮されていると思う。日本人でよかった・・・、と思った。
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