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ハイ・イメージ論〈1〉 (ちくま学芸文庫)
出版社 筑摩書房 著者 吉本 隆明 発売日 2003-10
この本に関する書評
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定義、定理のない思想としての数理社会学のようなものが展開されている。これは一読して理解できるようなものではない。常に大衆と共に居て大衆を否定することなく大衆文化、大衆社会を生きる大衆としての自己解釈、さらにその水準を上げようという試みが理系科学者の特権である数理概念を自由に駆使することで表現されている。本書を理解し噛み砕いた上でさらに発展させようという読者がどこまでいるかは疑問だが、著者ならば雑誌か漫画のように読み捨てて貰って構わないと言うだろうか?著者が学者でないことは全員周知の事だろう。しかし、本書から始まるイメージ論が開いた地平を学問のように更に開拓、発展させていくことができなければ、本読みの怠惰と言われても仕方がない。
マス・イメージ論では現状の否定が強かった吉本は、この書で高度資本主義の分析に向かう。そこで出てくるのが、ランドサットからの視線、臨死体験からの視線である「世界視線」だ。この「向こうからの視線」によって、吉本は現在を逆照射しようとする。だがこのハイ・イメージ論は、柄谷、浅田、蓮見等から激しく否定されることになる。都市、文学、古代都市、前衛音楽を巡って様々な対象に手を伸ばしてゆく。数式があちこちで使用され難しい。
ランドサットの映像から示唆された都市についての二つの対極的な考察。一つは、都市の起源についての地勢学的考察、日本人とは何か、何処から来たのかという視点。もう一つは、上空からの視線と人間の眼の高さが交差したところに生まれる現在の都市の究極映像。この二つの狭間にすべてが挟み込まれる。
また無限遠点からの視線が権力を無化し、像化した商品がモノとしての価値を越えると繰り返し語られる。
ランドサットの映像から示唆された都市についての二つの対極的な考察。一つは、都市の起源についての地勢学的考察、日本人とは何か、何処から来たのかという視点。もう一つは、上空からの視線と人間の眼の高さが交差したところに生まれる現在の都市の究極映像。この二つの狭間にすべてが挟み込まれる。
また無限遠点からの視線が権力を無化し、像化した商品がモノとしての価値を越えると繰り返し語られる。